世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.564

「事実上の統合」が先行するメコン地域

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2015.12.28

 カンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナム,タイおよび中国の雲南省と広西チワン族自治区の5ヵ国・2省から成る大メコン圏(Greater Mekong Subregion,以下GMSと略)において,いわゆる「経済回廊」の整備が進んでいる。2015年末に正式発足したASEAN経済共同体(AEC)が東南アジアにおける「制度上の統合」の代表例とすれば,GMSにおける経済統合は「事実上の統合」が先行している例といえる。もとより陸続きの近隣諸国同士で公式・非公式の経済交流が盛んなこの地域において,3カ国以上にまたがる幹線道路沿いの物流インフラを整備することにより,広域で相互に経済発展を促進しようというのが経済回廊構想の狙いである。

 このような複数国にまたがる輸送・物流インフラといった広域投資プロジェクトを評価する場合,一国内で行われるプロジェクトと比べ,より包括的な視点を必要とする。第1に,広域プロジェクトがもたらす追加的な経済効果である。つまり,国内の道路整備を単独で行うのではなく,国境を越えた道路整備に複数国が協力して投資することで,域内の貿易・投資が活発化し,国内プロジェクトの積み上げ以上に追加的な経済便益が期待できる。一方,越境物流が活発化することによる違法伐採森林,違法薬物や動植物,武器などの密輸,違法労働移動,人身売買などの増加とそれに伴う地下経済の拡大といった追加的な経済費用が生じる場合もある。後者のほうはその性質上,定量化が困難ではあるが,その存在も頭に入れておくことは重要であろう。

 第2に,広域プロジェクトの評価では,国内プロジェクト以上に利害関係者(ステークホルダー)間での便益と費用の分配状況をなるべく透明にすることが求められる。とくに参加国間での便益と費用の分配について共通認識をもつことにより,政策協調や第三者(例えばアジア開発銀行や日本政府)による外部協力分野の特定が可能になるだろう。例えば,カンボジア,ラオス,ミャンマーといった後発諸国の資金不足やノウハウ不足を,先発国や第三者が補うことにより,便益費用の分配をウィン・ウィン(両得)関係へと誘導することができよう。

 このような視点から,筆者が2012年時点までのデータを用いて行った,代表的な経済回廊の越境輸送インフラ整備の費用対効果の,部分的な粗い試算結果を簡単に紹介する。

 まず,南北回廊ラオス・ルートの雲南省区間とラオス区間について,道路整備の費用と所得上昇効果を比較した。全体として便益対費用の比率が1より大きいという結果が検出され,雲南省区間が約2.9,ラオス区間が約1.5という試算となった。ラオス区間の比率が小さいのは,通過する山岳地帯2県の経済集積効果に限界があるのが一因だが,この区間の道路整備費用は中国政府,タイ政府,ADBがそれぞれ3分の1ずつを譲許的条件でファイナンスしたので,ラオスが実際に負担する費用と比べた費用対効果は上方修正され,ウィン・ウィンの便益費用分配がある程度確認された。

 次に,東西回廊のベトナム・ラオス区間について試算した。インフラ投資費用のデータが不十分なため,保守的な試算と楽観的な試算の両方を試みた。その結果,保守的な試算では全体として便益対費用の比率が約0.7,楽観的な試算では同比率が約1.5,多少1より大きいという結果になった。東西回廊沿いには東端のダナン以外に目立つ経済圏がなく,むしろ各国の低所得地域を結ぶことによる貧困削減効果を主眼とした公共部門主導の先行投資という性格が強いことが当初より認識されていたので,試算結果はその点をある程度裏付けたといえる。

 最後に,南部回廊のカンボジア・ベトナム区間については,便益対費用比率は約4.1と試算され,本回廊整備の経済性は優れていると判断される。これは,ホーチミン・プノンペンという都市圏の集積効果からその中間へと分散効果がすでに広がっていることを反映していると解釈できよう。GMSの経済回廊のなかで,日系企業が最も集積し,経済発展に貢献しているのは,現在のところ,この南部回廊であろう。

 以上の試算は,「ハード」インフラの評価に限ったもので,国境手続きの簡素化や車両の相互乗り入れといった「ソフト」インフラの評価は含まない。後者の側面での相互協力の進展はペースが遅い。「事実上の統合」に「制度上の統合」が追い付き,実務レベルでスムーズに運用されるまでにはまだ時間がかかるだろう。

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