世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
メコンデルタの国境経済圏が進展
(青山学院大学経済学部 教授)
2024.12.09
去る8~9月,メコンデルタを中心とするベトナム南部およびカンボジア南東部を視察調査した。訪問した計9か所の両国間の国境のうち,両側からアクセスした4カ所について東から西の順に報告する。
まず,両国間の交通大動脈である「南部経済回廊」上のベトナム側の都市モクバイ(Moc Bai)とカンボジア側の都市バベット(Bavet)を結ぶ国境について。
今回はベトナムタイニン省都のタイニンから出発し,ホーチミン方面との分岐点にあたるゴダウ(Go Dau)市に立ち寄った。同市は越境物流の波及効果もあり発展している印象だ。その分岐点から国道22号線を西へ約10kmでモクバイ国境に至る。
モクバイの国境手前の北側に約1kmにわたってトラック・バス専用のバイパス道路があるのだが,今回到着した正午ごろはガラガラだった。現地での聞き取りによれば,カンボジア方向へのコンテナトレーラーのラッシュアワーは朝6時ごろで,それらがUターンして戻る次のラッシュアワーは16時ごろという。実際,カンボジア側で見たバベット国境は16時ごろから車両の往来が激しかった。驚いたのはベトナムから入ってくるLPG専用トレーラーの行列だった。プノンペン市街は日中時間帯に重量車両の通行が制限されているため,燃料を運ぶトラックは夜間にプノンペンに着くタイミングでカンボジアへ入っているようだ。また,プノンペンへ向かう国際路線バスも多数見た。プノンペン市街の夕方の渋滞を避けているのだろう。
バベット国境地帯は前回訪問した2016年に比べ,カジノ施設の集積が数倍進んだ印象だ。短時間で国道1号線沿いに確認できただけでも“Good Luck Casino”,“Crown Casino”,“Dynasty”,“Le Macau”,“Golden Galaxy Casino”,“Win Win Casino”といった具合だ。通訳兼ガイド氏の言葉を借りれば「シハヌークビルの中国ビジネスがバベットに引っ越してきた」というような状態だ。また,国境から約25km地点まで,台湾系・中国系の経済特区が10か所以上に増えているもようだ。国境付近はこれらに関わる中国人移入者を対象にしていると思われる「銀河大酒店」「巴城商業歩行街」「唐人街」「中国羊州拉麺」「国鵬假日酒店」「新威尼斯度假酒店」「東方巴黎」「海門魚仔店」「亜太科技手机,電脳,監控」「天天超市」「潮汕大排档」「美容整形外科-越南医院-5星」「牙家診所」「保健按摩小時」など漢字表記の宿泊施設や商業施設であふれている。
次にアンザン省北東部の中堅都市であるチャウドックから北30km余りに位置するロンビン(Long Binh)と,その対岸のチェリータム(Chery Thum)を結ぶ国境について。
チャウドックから国道91C号線でチャウドック川を北東に渡り,その先のロータリーで左折して省道597号線を北西に進むとロンビンの国境がある。しかし,国境ゲート数キロ手前に「Frontier Area」という標識があり,その先はアンザン省人民委員会の許可がなければ入れない。仕方なく引き返すが,地元での聞き取りによれば,このルートはトラックの往来が多いという。カンボジアからはマンゴーなどの果物がベトナムへ,カンボジアからはメコンデルタで獲れる水産物がカンボジアへ輸送されているようだ。小一時間で観察した間に目撃した車両は,コンテナトレーラー3台,中型トラック10台前後,路線バス7~8台(越境バスではないもよう)だった。2013年にこの国境を視察した時より物流が増えている印象だ。
カンボジア側はプノンペンからバサック川に並行する国道21号線をまっすぐ南へ約90km,約90分でチェリータム国境に着く。国境をなすBinh Di川沿いはカジノ施設が集積する。“Golden Phoenix Entertainment City(金鳳娯楽城)”というマンション群のようなオンラインカジノ,“Grand Dragon Resorts”や“Crown Casino Chery Thom”などのカジノがあり,「ミニ・バベット」という印象だ。ここも多くの飲食店や商業施設の看板はクメール語と英語に加え,漢字が併記されている。バベットと比べて幹線道路へのアクセスが悪く工場立地には向いておらず,中国人の大量移入は想像できないのだが,漢字表記の多さは謎として残った。
次にティンビエン(Tinh Bien)とプノムデン(Phnom Den)を結ぶ国境について。ティンビエンはチャウドックから南西約30kmに位置する小規模な町だが,2013年視察時と比べて発展している。アップルショップや“Bach Hoa Xanhスーパー”(ベトナム地場の量販店)を見かけた。
ティンビエンの町の南端から国境線に並行する運河を西方向へ渡り,約1.5kmで国境ゲートに着く。途中の右手には2013年視察時に見なかったトラック駐車場ができておりコンテナトレーラーが数台駐車しているのが見えた。コンテナ物流が確立しているもようだ。この1.5kmほどのアクセスは2013年視察時には簡素な盛り土道路だったが,今回は湿地帯向けの高架道路にアップグレードされている。
カンボジア側はプノンペンからタケオ市経由で国道2号線を約130km南下し,所要時間約3時間でプノムデン国境に突き当たる。中立地帯は150m程度で,越境物流の増大を反映して両側ともイミグレ施設は前回視察時からアップグレードされている。検問所で聞いたところでは,ベトナムからの輸入貨物は果物が多いが,カンボジアからの輸出貨物はあまりないという。国際路線バスはこのルートを走っていないが,第三国人渡航者はこの国境でアライバルビザを取得すればカンボジアへ入国できる。
最後にタイランド湾岸のハーティエン(Ha Tien)とプレックチャック(Prekchak)を結ぶ国境について。「南部沿岸経済回廊」上にあり,国境の両側ともイミグレ施設は比較的立派だが,物流は上記3か所より少なく,静かだ。国境ゲートから約10km離れているハーティエンの町は前回視察時から発展している印象だが,カンボジア側のプレックチャック国境は近くに大きな町がなく,カジノ以外は商業施設がほとんどない。物流の大半はカンボジア人の「運び屋」たちが小口荷物をバイクの前後左右にたわわにくくりつけてベトナム側からカンボジア側へ輸送する形態だ。
プレックチャック国境はカンボジアの最南端に位置し,幹線道路の直接ルートがなくアクセスが悪い。ただし,国境ゲートのすぐそばにカジノホテルがあり,ベトナム人客を連れてくる送迎バスを見かけた。国境ゲート約2.5km地点には前回視察時に見なかった“My Casino(我娯楽)”というオンラインカジノ施設がある。
以上,今回視察した陸路国境すべてでカンボジア側に何らかのカジノ施設が存在することを確認したが,カジノ経済の活況度はベトナム側の都市圏への距離と規模に依存していると考えてよいだろう。
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