世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3891
世界経済評論IMPACT No.3891

迫る交渉期限,予断を許さぬ欧米関税協議

田中友義

(駿河台大学 名誉教授)

2025.07.07

 トランプ主義(米国第一主義)は,同盟国・友好国も対象にした相互関税や追加関税などの強引で一方的な措置によって,その目的を遂げる「取引主義」に支配されている。トランプ主義は,戦後,米国主導で築かれた多国間主義,経済開放性,ルールに基づく国際秩序などを軽視するかほとんど無視する。トランプ大統領が1962年米通商拡大法232条に基づく追加関税措置などを盾に強引に交渉相手国・地域に譲歩を求める「取引(ディール)」威圧や,関税政策などを二転三転させるトランプ氏の言動を揶揄するTACOトレード(Trump Always Chickens Out:トランプはいつもビビッて退く)からは,原則や理念,普遍的価値観といったものが見出しにくくなっている。トランプ氏の言動が影響して米国の関税政策への信頼度は,交渉相手国・地域では確実に低下している。こうした中,欧州においては「多角的な自由貿易促進を目的とする世界貿易機関(WTO)体制の見直しを迫られる歴史的な転換点だ」との認識が強い。

 トランプの関税政策は,「全世界を対象とした相互関税」,「鉄鋼・アルミ製品や自動車・同部品などを対象とした品目別の追加関税」,「カナダ,メキシコ,中国,EUを特定した国・地域別の追加関税」の3本柱である。本年3月以降発動した一連の関税措置を時系列に整理してみると,①3月12日から鉄鋼・アルミ製品に対する25%の追加関税(トランプ政権1期目の2018年3月以降,鉄鋼製品に25%,アルミ製品に10%の追加関税賦課)。鉄鋼製品は25%に据え置き,アルミ製品は10%から25%に引き上げ,②4月3日から輸入自動車に対する25%の追加関税(自動車部品への25%の追加関税は5月3日までに発動),③4月5日から全ての国・地域からの米国の輸入に対する基本税率10%,4月9日からEUに対して,10%の上乗せ分を含めて20%の相互関税,④4月10日,相互関税の上乗せ分(対EUは10%)を90日間延期(期限は7月9日),⑤5月25日,EUに対する50%の追加関税を6月1日から7月9日まで延期,⑥6月4日から鉄鋼・アルミ製品への関税を25%から50%に引き上げ,となる。

 これら米国の追加・相互関税に対して,欧州委員会は次のように反応した。①鉄鋼・アルミ製品の追加関税への対抗措置として,総額260億ユーロの報復関税を4月1日と4月13日と2段階で発動すると公表,②鉄鋼・アルミ製品の追加関税への対抗措置として,米国の農産品,鉄鋼,家電製品などに最大25%の追加関税を4月15日に発動すると決定,③4月10日,トランプ大統領が相互関税の上乗せ分を90日間停止すると決定したことを受け,EUも報復措置を90日間留保(期限7月9日),④5月8日,関税交渉が決裂の場合,950億ユーロ規模の追加の報復措置を公表。

 一方,欧米関税協議は滞っている。これまで,トランプ大統領やベッセント米財務長官はEUが他の主要な交渉相手国に比べて「はるかに遅れている」とEUの姿勢に苦言を呈しており,トランプ氏は「6月1日からEU産品に50%の追加関税を発動する」と警告した。関税協議に目立った進展が見られないことに苛立ち,早期合意を目指して,圧力をかけてEUからの譲歩を迫ったものだ。

 その後,欧米首脳間の電話会談で,EUへの50%関税発動を7月9日まで延期することで合意し,関税協議を迅速に進めることとなった。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は6月16日からのカナダ・カナナスキス主要7か国首脳会議(G7)に合わせてトランプ氏との首脳会談での決着を目指したが,合意には至らなかった。フォンデアライエン氏は関税協議が長期化する恐れがあるとみているようだ。今,欧州委員会や加盟国政府の首脳たちは,トランプ氏の強硬な言動や政策に一喜一憂せず,慎重に対処すべきだと考えている。つまり,7月9日の猶予期限までに「無理をして悪い協定を結ぶ」より,期限後も「タフな交渉を続けて良い協定を結ぶ方がEUの利益になる」と考えている。交渉のデッドラインまでに,トランプ大統領が予想外のことを言い出すことも想定されるだけに予断を許さない状況だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3891.html)

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