世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
内憂外患で苦悩する欧州自動車メーカー
(駿河台大学 名誉教授)
2025.03.31
いま,欧州の自動車メーカーは,かつてない深刻な危機に直面して,軒並み苦境にあえいでいる。その背景には,脱炭素規制強化,電気自動車(EV)の販売不振,中国の低価格EVの台頭という要因がある。
第一の要因は,欧州連合(EU)の野心的な脱炭素化,とりわけ厳しいEV規制(EV化シフト)である。「2035年までに全新車をゼロエミッション車にする」というEUの計画だ。英フィナンシャルタイムズ紙は,「欧州の企業経営者は脱炭素化が欧州にとってどれほど高くつくか,欧州の政策立案者はその現実に全く気が付いていないことを懸念している」と報じた。
欧州自動車工業会(ACEA)は厳格な規制が欧州メーカーの競争力を低下させていると批判,規制緩和を求めてEUの執行機関・欧州委員会に働きかけを強めている。欧州車大手は全力で進めてきたEV化シフトの目標を見直して,ハイブリッド車(HV)などの開発に注力するなど戦略の方針転換を急ぐ。
第二の要因は,欧州車の競争力の急低下による販売不振である。独フォルクスワーゲン(VW)など欧州車大手の新車販売は2024年に大きく落ち込んだ。本年に入っても回復の兆候が見られない。最大の原因は,中国市場への依存度が約30%と高いVW,メルセデス・ベンツ,BMWなど欧州車の中心であるドイツ勢が,比亜迪(BYD)など中国勢の台頭で大幅に中国市場でのシェアを奪われたからだ。さらに,域内経済が停滞し,インフレが昂進する中,ドイツなど一部の国がEV車購入支援プログラムを終了したことが自動車需要の低迷に大きく影響している。欧州車メールは,工場閉鎖・人員削減などのリストラ拡大・事業再編で早急な経営の立て直しに迫られている。
第三の要因は,中国の低価格EVの急速な台頭によって,欧州自動車メーカーは,これまでにない厳しい競争環境に直面している。中国政府は,EVを戦略的重要分野と位置付けて,国家補助金や税制優遇などの包括的な手厚い支援を行っている。
欧州委員会は,ここ数年世界およびEUのEV市場で存在感が急速に高まる中国製EVに対して相殺関税措置を発動した。フォンデアライエン欧州委員長は「世界のEV市場には巨額の国家補助金で価格が人為的に低く抑えられた中国製EVが氾濫していて,欧州のEV市場を歪めている」と批判した。中国勢の進出の勢いが衰えない背景には,中国国内でのEVメーカー間の過度な競争激化や生産過剰がある。
ここにきて新たな関税の壁が懸念として浮上する。トランプ米政権が導入を予告している自動車輸入の25% 関税だ。もし発動されれば,欧州自動車メーカーの「内憂外患」に追い打ちをかけることになる。
昨年9月に公表されたドギラレポート(欧州の競争力の未来)は欧州の自動車産業の競争力低下と中国の飛躍的な台頭に危機感を示した。欧州の統一的な産業政策なしの脱炭素化は,欧州メーカーに過剰な負担を強いていると警告,EUレベルでの公的な補助金支援策や競争力強化策が必要だと提言した。脱炭素化への批判は,欧州議会選挙での右翼ポピュリスト政党の躍進を許した。欧州委員会は早急に脱炭素化と競争力強化の両立という課題に取り組まなければならない。
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