世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
金投資はインフレヘッジになるか
(東洋大学経済学部国際経済学科 教授)
2025.07.07
「金(Gold)」という商品
人類は長年に渡って金の魅力に惹き付けられており,ツタンカーメンの黄金のマスクにもふんだんに使われている。魅惑的な色と光沢を持ち,化学反応しにくく,長期にわたって安定性を保つ。人類は金に特別な価値を見出し,古い時代から現在まで富の象徴でもある。
金はこれまでの歴史で約20万トン採掘されており,銅や鉄よりもはるかに希少性が高い。ただし,プラチナ(白金)の採掘量は金の20分の1であるものの,価格は金の約3分の1であり,希少性だけで価格が決まるわけではない。
金は資産として保有されるだけでなく,電子部品の材料など工業用の需要がある。技術の進歩により金への投資手段が増え,スマートフォンなどの電子機器の普及が工業用の需要を増大させている。宝飾品や記念硬貨にも使われている。金は多くの人が「受け取ってもよい」と考える商品であり,地政学的リスクなどに対する「質への逃避先」としての需要もある。これらの要因により,21世紀に入って金価格は継続的に上昇している。
長期的に見て金価格はインフレ率を超えている
ニューヨーク大学のスターン経営学部が公表しているアメリカの長期データによると,1928-2024年までのインフレ率は年平均3.1%,過去50年に相当する1975-2024年までのインフレ率は年平均3.7%,21世紀に相当する2001-2024年までのインフレ率は2.5%となっている。21世紀に入ってディスインフレが生じているものの,おおむね年率3%のインフレが生じている。インフレヘッジを考えるためには,長期で見て3%を超える収益率が必要となる。
金価格の推移をみると,1928-2024年までで年平均3.5%,1975-2024年までで年平均3.6%,2001-2024年までで8.1%とインフレ率を超える結果を出している。他の資産クラスを見てみると,不動産はそれぞれの時期で1.3%,1.7%,2.3%,10年国債は1.8%,2.8%,1.1%,株式(S&P500)は8.6%,9.5%,7.3%となり,金と株式がインフレヘッジの手段として有望だといえる。
株式への投資が有望で金は分散投資の対象
金への投資手段は様々ある。金貨やバー(延べ棒)などの金地金(きんじがね)は,実物の金を手元に残すことができる。日本では,金積み立て投資も現物を手にすることができる。金ETF(上場投資信託)は,上場株式と同じように金融商品として投資できる。金鉱山など金を扱う企業の株式の購入も金融市場を通じた投資となる。金先物取引はレバレッジをかけてリスクの高い投資をすることができる。金の流動性(換金できる度合い)は比較的高く,国境を越えての取引も比較的容易である。
金は長期的に見てインフレ率を上回る価格上昇率を記録しているが,様々なリスクもある。実物の金は,移動・保管に関わるコストや盗難リスクを考えなければならない。災害時の運び出しや避難も必要となる。債券の多くは配当収入があり,株式も配当を得られる銘柄が多いが,金には金利収入がない。採掘可能な金はあと5万トンほどとみられているが,海水に溶け込んでいる金は800万トンあるとみられている。技術革新によって海水からの金の回収量が増えて価格が急落するリスクもある(現時点では非現実的ではあるが)。
金は長期的に見てインフレリスクのヘッジの手段になるが,資産の大部分を金で保有するのは現実的ではない。金融資産と実物資産のポートフォリオを考えると,実物資産は不動産が大部分を占めると思われる。金融資産は株式を中心にすべきであり,金はポートフォリオの一部として保有するにとどめた方がいいだろう。
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