世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3581
世界経済評論IMPACT No.3581

デジタル通貨(CBDC)の普及に必要なもの

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2024.09.30

デジタル通貨はすでに流通している

 CBDC Trackerによると,リテール型のデジタル通貨(CBDC)は本稿執筆時点で3通貨登場している。2020年10月に開始したバハマのサンドドル,2021年10月に開始したナイジェリアのeナイラ,2021年12月に開始したジャマイカのJAM-DEXである。その他にも44カ国でパイロットプログラムが導入されている。

 デジタル通貨にはホールセール型とリテール型がある。ホールセール型は金融機関が使う通貨であり,国内決済の効率化だけでなく円滑な国際決済に役立たせようとしている。BIS(国際決済銀行)など国際機関も参加してプロジェクトが進められている。

 リテール型は現金を代替するものであり,遠い将来は現金が廃止されてデジタル通貨が流通することが期待されている。現在のところ,スマートフォンなどの機器にウォレットと呼ばれるアプリを導入して残高を管理する方法が採られている。

なぜデジタル通貨なのか

 デジタル通貨の研究はリブラ(旧Facebookが2019年に発行計画を公表したステーブルコイン,各方面からの批判を受けて計画を撤回した)の前から始まっていた。その背景には,2009年に登場したビットコインがある。

 ビットコインは既存の技術を組み合わせることで攻撃に強い仕組みを作り出したことに革新性がある。本稿執筆時点では,ビットコインのブロックチェーンのデータ書き換えは成功していない。国際送金も容易であり,アメリカの大学ではビットコインでの授業料支払いを受け付けている。ナイジェリアなど途上国の一部ではビットコインは幅広く使われており,金融包摂にも役立っている。BaaSと呼ばれるブロックチェーン周りのビジネスも数多く誕生している。発行量を恣意的に変えられないことから投資対象にもなっており,各国でETF(上場投資信託,スイスではETPと呼ばれている)も発行されている。なお,日本円やアメリカドルのようなフィアット通貨は,中央銀行の裁量でいくらでも発行量を増やせるため,時間が経つほどビットコインの相対的な希少性が高まる。

 既存のフィアット通貨にはない特徴を持つビットコインの登場により,各国の中央銀行を中心に研究がはじめられた。2015-2016年頃にはRS-Coinと呼ばれるデジタル通貨の研究が盛んにおこなわれた。

 通貨(つまり「お金」)は,私たちの経済活動を支える道具であり,人々が安心して安全に使える道具でなければならない。現金は数えるのが簡単で教育にも適している。スマートフォンなどの機器が買えない人や使えない人でも簡単に扱うことができる。現金は非常に優れた道具だが,盗難に遭うと取り戻せる可能性は低く,様々な犯罪にも利用されている。新しい技術でより安全で安心して使える道具が開発できるのであれば,新しいものに移行するのは必然だといえ,デジタル通貨がその候補となっている。

なぜ先進国でデジタル通貨が登場しないのか

 スウェーデンでは2017年にe-kronaプロジェクトが始まり,定期的にレポートが公表されている。ECB(欧州中央銀行)でもデジタルユーロに向けた研究が進んでいる。しかし,実際にデジタル通貨を発行したのは途上国であり,先進国は後れを取っている。

 その理由の一つに,ビットコインを研究の起点にしていることが挙げられる。ビットコインのデータを管理するブロックチェーンはDLT(分散型台帳技術)を利用している。ビットコインはスケーラビリティ(処理速度の遅さ)の問題を抱えており,処理速度と堅牢性の両立が難しいことが研究を長引かせている。すでに導入している国ではDLTも使われているが,クレジットカード,電子マネー,中央銀行の決済システムは全て集中型でデータ処理されており,DLTを使わなければならない理由はない。

 デジタル通貨は,遠い将来には現金を完全に代替するだろうが,当面は(つまり今後数十年は)デジタル通貨と現金は互いに補完し合う関係になるだろう。あらゆるキャッシュレス技術も同様で,現金とは対立関係にあるのではなく補完関係にある。現金は人間関係の円滑化など経済学では想定されていない役割も持っているが,デジタル通貨にそこまで期待する必要はない。

何が必要か

 バハマのサンドドルはほとんど流通しておらず,発行額は現金の0.4%しかない。他の2つのデジタル通貨もほとんど使われていない。技術的な制度設計よりも人々が使いやすいデジタル通貨の開発が望まれる。新しいものが人々の信頼を得るには

 一定の時間がかかるが,人々に必要性を訴え続け,それが実感できるような工夫が求められる。

 最終的な目標としては,デジタル通貨は真にユニバーサルでなければならない。社会には様々な事情を抱えた人が存在する。「買い物」は全ての人は行う経済活動であり,通貨は買い物の道具である。安心して安全に使える道具を開発して提供することは国家の重要な義務であり,ビットコインをはじめとする暗号通貨はそれに対するアンチテーゼともいえる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3581.html)

関連記事

川野祐司

最新のコラム