世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
内航船を国内物流の中心にするべき
(東洋大学経済学部 教授)
2025.03.31
内航船とは
日本の貿易は,ほぼ100%船で行われており,外国との貿易に使われる船舶を外航船という。他方、国内貨物の輸送に使われる船舶を内航船という。どちらも船ではあるものの,外航船と内航船は役割がはっきり分かれている。
内航船は国内貨物の4割,産業基礎物資輸送の8割を担っており,石油製品やセメントでは80%以上が内航船で運ばれている。鉄鋼製品,LPG,石灰石などを運ぶ専用船だけでなく,コンテナ船や,RORO船と呼ばれる生鮮食品や日用雑貨、自動車などを運べる船舶もある。
日本の河川は急流で距離も短く水上交通(inland waterway)には向かないが,細長い島国であるため,列島をぐるっと廻る形で海上交通が発達した。江戸時代にはすでに内航船による物流が発達しており,東廻海運,西廻航路(北前船),菱垣廻船などが物流を担っていた。
内航船の苦境
内航船業界は今、苦境に立たされている。1990年代以降,荷動きは長期低下傾向にあり,過去30年で40%近く減少している。耐用年数の14年を超えて運行している船舶は70%以上とされており,船舶の老朽化が問題になっている。老朽化した船舶の事故も起こっている。船員の45%は50歳以上であり,船員の確保に苦労している。保有する船舶が1隻しかない小規模オーナーが60%以上を占めており,運行会社は99%以上が中小企業であり,価格交渉力が弱い。
日本にとって重要な物流インフラであるにもかかわらず,多くの問題を抱えてしまっている。
物流全体を俯瞰する視点が重要
内航船の問題は関係者に認識されており,船員の確保に向けた施策が議論されている。実は船員の給与水準は低くない。全年齢の平均年収は620万円であり,20代から60歳まで昇進とともに伸び続ける。しかも長期に渡って船舶に乗務しているため,本人の食費などの生活費を節約することができる。給与水準は問題の根幹ではない。
本コラムは,過去のコラム(「トラック2024年問題の誤り」No.3355)とつながっている。過去のコラムでは,日本のGDPがほとんど増加しない中で,CO₂の排出が多いトラック台数が20%も増えていることを問題視した。日本の物流全体を俯瞰することで問題の解決策が見えてくる。トラック輸送の一部を,スピードは遅いものの,環境負荷が小さく,人身事故などを起こしにくい内航船に振り向ける政策が欠かせない。物流全体の効率化のために,トラックへの課税等で得た資金を内航船や鉄道の整備に充てるという発想も欠かせない。
具体的な施策
なによりも重要なのは物流のデジタル化である。日本全体をカバーする広域海上交通管制センターの設置と全船舶のリアルタイム監視体制の構築,AI自動操縦,港湾のデジタル化,貨物の上げ下ろしの機械化・自動化,荷動きのデジタル監視体制の構築などが欠かせない。
この多くの施策は,船員の負担軽減にもつながっている。給与水準が高いにもかかわらず船員の人気がないのは,特殊な勤務体制と業務に原因がある。内航船の船員は3カ月勤務して1カ月休養するのが一般的だとされているが,実際には半年ほど連続業務をすることも珍しくない。その間,家族とのコミュニケーションも限られ,昼夜を問わず安全運航や定時運航のプレッシャーにさらされ続けることが,離職につながっていると考えられる。デジタル化により業務負担を減らして,3週間勤務+1週間休養などより働きやすい体制を構築する必要がある。
中小企業が乱立する業界では効率化が進まないため,中小企業を傘下にまとめる組合を強化することで,デジタル化の進展,資金援助,新技術の普及,団体での荷主との交渉などを進めることができる。
内航船による物流はCO₂の発生が少ないという事実をもっと活かす必要がある。近年は,企業活動によって生じるCO₂を計測して報告することが求められている。輸送サービスの利用に関わるCO₂発生量の把握や報告を荷主企業に課すことで,スピードと環境負荷とのバランスを考えさせることができる。
最後に,教育面での取り組みを指摘しておく。物流や内航船が日本経済や社会で果たす役割をしっかりとアピールし,内航船の体験施設(またはオンラインサイト)の整備を通じて理解を深めてもらう施策などにより,社会的な支持を取り付ける必要がある。学校との接続は重要であり,船員の確保だけでなく,社会的地位の向上,投資資金の呼び込み,研究開発体制の整備にも役立つ。教育活動を行うことで,内航船業界自身も自分たちをよりよく理解できるようになるだろう。
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