世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4111
世界経済評論IMPACT No.4111

「選択的保護主義の時代」は妥当な評価か?:メキシコの関税をめぐって

田中素香

(東北大学 名誉教授)

2025.12.01

 メキシコ政府が約1400品目に最大50%の関税を賦課する法案を国会に提出した。同国とFTA(あるいはEPA)を締結していない国に対して適用する。

 先般11月10日の世界経済評論IMPACTNo.4076にこの事例を紹介した助川成也教授は,このメキシコの動きをGATT第24条のFTA例外措置(MFN原則からの例外)を利用した「合法的保護主義」であり,自由貿易体制が「『排他的FTAの網の中』で再編されつつある現実を示している」と,警鐘を鳴らした。

 助川氏は,「『選別的保護主義』の時代に備えよ」と,メキシコの動きを「保護主義の時代」に結びつけているのだが,メキシコの保護主義が「時代」の動向という一般性をもつものとみるべきなのか,疑問を禁じ得ない。2点を指摘したい。

 第1はメキシコの立ち位置である。同国はアメリカとUSMCAで結ばれていて,しかも対米貿易依存度が圧倒的に高いので,トランプ政権に従順な立場を取らざるを得ない特別な立ち位置にいる。

 世界経済評論IMPACTの同じく11月10日付けNo.4070で,筆者は「“対米片務貿易圏”と“残存WTO圏”」を区別して考えようと提案した。“残存WTO圏”はトランプ関税でWTOルールを放棄したアメリカ以外のWTO加盟国からなると考えていたが,今度の50%関税によりメキシコはアメリカと一体となっている。

 メキシコはそのアメリカとUSMCAで連結している。そのメキシコが50%の対外関税をかけるとすれば,“残存WTO圏”の諸国にとって,アメリカと一体化した“片務貿易圏”の構成国ということになる。つまり,“対米片務貿易圏”というより“対USMCA片務貿易圏”という方が正確である。そうしたメキシコの特異な立ち位置を考えると,同国をベースに「(選別的)保護主義の時代」というのはどうだろうか。

 トランプ政権は中国の対米迂回輸出をメキシコで阻止しようとしており,メキシコの今回の関税はその意を受けた行動とも考えられる。2026年のUSMCA見直しでアメリカ政府はUSMCA原産地規則を厳格化する方針と言われている。こちらも中国製部品の流入をメキシコで阻止する意図から来ているかもしれない。トランプの追加関税設定後に加墨両国経由でアメリカに輸入される商品に対するUSMCAの利用割合が急増している(これまでアメリカの関税がゼロということもあり利用度は低かった)。

 第2の論点は,メキシコの関税は同国とFTA(EPA)を結んでいない国に適用され,結んでいる国には適用されないという事態を,「選択的保護主義」と捉えてよいか,である。「選択的自由貿易主義」と捉えることも可能だろう。

 メキシコはCPTPP加盟国なので,ASEANについていえば,ベトナム,シンガポール,マレーシアにメキシコ関税の影響は生じない。非加盟のインドネシア,タイ,フィリピンなどはトランプ関税が19~20%かかるので,メキシコを迂回して対米輸出しようとすれば,CPTPPへの加盟を急ぐ必要がある。すでにインドネシアとフィリピンはCPTPP加盟を申請しているが,メキシコの関税措置は早期加盟への圧力となるかもしれない。

 これらASEANの大国がCPTPPに加盟すれば,日本の自由貿易にとって好都合ではないだろうか。南米のコスタリカやウルグアイもCPTPP加盟交渉へ動く。韓国も同様だ。CPTPPの拡大は世界の自由貿易圏の拡大になる。

 助川氏はWTOのMFN原則を重視し,GATT第24条を選択的保護主義と捉えている。だが,WTOでドーハ開発ラウンドの崩壊以降,もはやラウンドの展望はもてず,多くの国がFTA・EPA路線に切り替えた。

 たとえばEUは2006年と2010年の新通商政策によりFTA路線に切り替えて,日EU・EPAを結び,メキシコやASEAN諸国ともFTA関係を樹立している。WTO時代の世界の貿易自由化は地域レベルやFTA・EPAレベルで進んで来た。

 “残存WTO圏”ではEU,英国,日本が中核となって自由貿易を維持強化していかねばならないが,その方法の一つはFTAの拡大である。それは「選択的保護主義」ではなく「選択的自由貿易主義」ではないのか。

 南アジアではインドとのFTAがもっとも重要だが,本年4月英印FTAが合意した。EUもインドとのFTA合意を急ぐ(本年12月合意を目指したが,来年になりそうだ)。中南米ではEUとメルコスールがFTA協定に合意し,欧州委員会は最近FTA案を提出した。

 トランプ2.0のWTO破壊は遺憾ではあるが,その後の自由貿易の強化には,“残存WTO圏”におけるWTO維持強化活動,並行してFTA・EPAの拡大という方向性を取るほかない。

 以上により,メキシコの関税賦課とGATT第24条とから「選別的保護主義の時代」という時代評価を引き出す議論の進め方には疑問を感じざるをえない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4111.html)

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