世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ関税によるWTO圏の分裂:“対米片務貿易圏”と“残存WTO圏”
(東北大学 名誉教授)
2025.11.10
トランプ関税はWTOルールを完全に逸脱しており,アメリカはWTO圏から離脱した。世界各国の関税関係は2分されている。
第1に,アメリカ以外の各国は,トランプにより一方的に押しつけられた関税によりアメリカとの間で差別的・片務的な貿易関係を強制的に形成させられた。アメリカと,それに向き合う世界各国は“対米片務貿易圏”を形成している。
第2に,アメリカを除く世界各国は依然としてWTOにとどまり,WTOルールによる通商関係を維持しているので,“残存WTO圏”と呼ぶことができる。
このように命名すれば,トランプ関税後の世界通商関係の2つの圏域を明確に認識でき,議論するのに便利である。
雑誌『世界経済評論』の本年11/12月号(ヨーロッパ特集)の拙論において,上述のような区分を提起したが,本稿でも再度提起しておきたい。
筆者のほかで,世界貿易圏の2分化に名前付けをしているのは,宗像直子・東大教授である。小論「『ターンベリー体制』で分断,過渡期の通商秩序」(日本経済新聞9月25日経済教室)において,宗像氏は,筆者の“対米片務貿易圏”を「ターンベリー体制」と名付けて,括弧付きではあるが自らの小論のタイトルとしている。
この名称は米通商代表部(USTR)のグリア代表が8月にニューヨーク・タイムズへの寄稿で宣言したものを受け入れている。
ターンベリーはスコットランドのリゾート地。そこにはトランプ保有のゴルフ場があり,7月27日,トランプとEUのフォンデアライエン委員長が会見し,トランプ関税の米EU合意がなった。
グリア代表はトランプの4月以降の各国との関税交渉を「トランプ・ラウンド」と呼び,ブレトンウッズ体制に替わる「ターンベリー体制」と言っていると,宗像氏は紹介している。
このグリアの議論は牽強付会というほかない。GATTやWTOの貿易ラウンドとトランプの関税交渉はまったく別種の交渉で,その結果を「体制」とは笑止千万。
それに,ブレトンウッズ体制に替わる「ターンベリー体制」といわれると,固定為替相場制と関税制度を混同しているのではないかと思ってしまう。しかし,Foreign Affairs Report の今月号掲載のアデエモ&ゾファーの「世界貿易の真の再編を」を読むと,「世界はこの100年間で3度目の大きな再編を経験しつつある」として,第1がブレトンウッズ(体制),第2がニクソン大統領の金ドル兌換停止,そして第3番目の経済再編としてトランプ関税を挙げている。そう言われてみると,いずれもアメリカ主導による世界経済の制度再編には違いないのである。
それはともかく,グリアの「ターンベリー体制」を宗像氏は受け入れているように見えるのだが,この呼称はその後ジャーナリズムで使用されていない。無理な命名の当然の帰結であろう。“対米片務貿易圏”の方が正確な表現になるはずだ。
宗像氏の命名に関する第2の問題は,筆者のいう“残存WTO体制”を「WTO-米国+FTA」と表現していることだ。周知のように,GATT第24条はFTA(自由貿易地域)と関税同盟(CU)を,GATTの基本原則である最恵国(MFN)待遇の例外として認めている。GATTはモノの貿易のルールとしてWTOに引き継がれているので,宗像氏の「WTO-米国+FTA」は「WTO-米国」つまり,筆者のいう“残存WTO圏”になる。
“残存WTO圏”の大きな問題は中国である。WTO体制にアメリカが反発し,ついには否定に向かった最大の要因は,中国の専横(膨大な補助金,非関税障壁,保護主義的措置など)から自由貿易を防御することのできないWTOへの不満であった。だが,WTOルールを守ると言っている中国を“残存WTO圏”に含まないわけにはいかない。
宗像氏は,筆者の“残存WTO圏”を,「CPTPP+EU」,「グローバルサウス」,「中国」の3つに種類分けして,中国を特別扱いする必要性を強調している。「米国+CPTPP×EU+新興・途上国」は中国の輸出攻勢などに対抗して「対中防護柵の設定・運用」を実施し,「競争網強化・高信頼市場形成」へ進展すると展望している。宗像氏は「ターンベリー体制」を「過渡期の秩序」としている。
上述したアデエモ&ゾファーは世界貿易システムを再編する必要があるとみなす点で「トランプは正しい」と評価しつつ,関税主義のトランプ再編は行き詰まるとして,「公正貿易のための自由貿易同盟(fair-trade custom union)」の形成を提唱している。トランプ関税で再編された世界貿易秩序は一時的で,いずれ次の貿易体制へと将来つながっていくと見ているのである。宗像氏の主張とぴったり合っている。
将来展望はともかく,さしあたりは,トランプが作りだした2つの貿易圏に適切な名称を付けて区別する必要がある。“対米片務貿易圏”と“残存WTO圏”という名称の方が,「ターンベリー体制」,「WTO-米国+FTA」という命名よりは適切だろう。この呼称を提案したい。
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