世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4148
世界経済評論IMPACT No.4148

ケインズの人口減少論

岡 敏弘

(同志社大学商学部 特別客員教授)

2025.12.29

 人口が減ることがいよいよ確実になってきた近年,ケインズが88年前に残した小論「人口減少の経済的帰結」(注1)がときどき取り上げられる。しかしそこでのケインズの処方箋はわずかに2つ,利子率を下げることと,分配を改善して貧者の分け前を増やすことだけだった。それは別に新しい政策でもないし,特に利子率引き下げはもうやり尽くしたし,今日,人口減少対策として考えられていることからはかけ離れた政策だから,ときに紹介されても,関心を持たれず,通り過ぎられているようだ。これを紹介する論者も,これだけだと面白くもないから,利子率を下げて技術進歩を促進するとか,生産性を上げるとかいったことをケインズが提言したかのように,無理やり今日的関心に惹きつけている場合もある。

 しかし,ケインズの言っていることをそのまま素直にたどり,ケインズの真意を見極めるならば,そこに,今日の我々の経済の見方を縛っているものから解き放ってくれる洞察を汲み取ることができる。ケインズは実際何を言ったのか。

 ケインズはまず,資本の需要は第1に消費者数,第2に生活水準,第3に生産の平均期間から来ると述べた。そして,19世紀の技術進歩は生産期間を延ばすものだったが,現在はそうではないと言い,したがって,人口が減る時代には資本需要は生活水準の上昇にその源泉を求めなければならないと言った。

 ところで,イギリスの現在の所得(GDP)は40億ポンドで,資本が150億ポンド(所得の約4倍)あるとケインズは言う。他方,貯蓄が所得の8〜15%なされるから,貯蓄に見合った投資需要があるためには資本が毎年2〜4%成長しなければならない。ところが,過去100年間生活水準の上昇率は年1%くらいしかない,つまり,資本が1%増えるくらいの資本の需要しかない。

 どうしたらよいか。ケインズの処方箋は,1つは貯蓄率を下げることで,そのために分配の改善を主張した。これは資本の供給の抑制である。もう1つは生産期間を延ばすことである。生産期間というのは,作り始めてから最終製品になるまでの時間で,最終製品に投入されている原材料やすり減らした道具や機械,さらにそれらを作るのに投入された物というように無限の上流に遡って,最初の労働が投入されたときから最終製品が出てくるまでの時間である。ケインズは,資本は過去の労働であると考えているから,生産期間とは結局資本の大きさということになる。

 ケインズは,資本の需要が供給を下回ると言っている。供給の側に,貯蓄率8〜15%がある。需要の側に,人口成長0,生活水準の上昇1%と,資本が所得の4倍必要という事実がある。

 1%✕4<8〜15%

 つまり,需要は所得の4%であるのに対して供給はその2倍〜4倍もあると。同じことだが,両辺を4で割って

 1%<(8〜15%)/4(こっちがケインズの言い方そのもの)。

 ケインズが生産期間(資本の大きさ)に着目したということは,短期の有効需要の原理だけでなく,長期動学の視点が入っていることを意味している。多くの人は,ケインズと言えば有効需要の原理のケインズとして理解し,人口減少問題となると,それだけではあまり意味のある処方箋を見出すことができないから,アニマルスピリットだとか技術革新のための投資とかを性急にくっつけて,なんとか意味を見つけ出そうとするのだ。ケインズの動学はそういうものではない。

 その動学の視点とはこうだ。投資は資本を増やし,生産能力を増やす。どれだけ生産能力が増えるかというところに生産期間が効いている。生産期間が所得の4倍なら,投資の4分の1だけ生産能力が増えてしまう。貯蓄が投資に等しいから,貯蓄率が8〜15%なら,投資によって生産能力は所得の2〜4%増えてしまう。それへの需要がなければ,資本が過剰になる。この動学の視点は,2年後に出たハロッドの成長理論でもっと明示的に語られた(注2)。ケインズの1%<(8〜15%)/4の左辺はハロッドの自然成長率であり,右辺はハロッドの保証成長率である。

 保証成長率の定義は,貯蓄率sを資本係数Cr(所得を生むのにその何倍の資本が要るかをハロッドは資本係数と呼んだ)で割ったものs/Crである。この背後にある理屈はこうだ。投資Iは有効需要の原理によって,その1/s倍の所得Yを生む(Y=I/s)。他方,投資Iは資本を増やし,I/Crだけ生産能力を増やす(ΔY=I/Cr)。これが全部消費されるには,経済がΔY/Y(=s/Cr)の割合で成長していなければならない。投資によって増えた生産能力が全部使われるために必要な成長率が「保証成長率(Gw)」。

 で,現実の成長率(G)が保証成長率に一致する保証はなく,現実成長率が保証成長率を下回ると,資本が過剰になって,それを見た企業者は投資を控え,ますます現実成長率が下がっていく。他方,上回るとますます上昇するというので,ハロッドはこれを「不安定性原理」と呼んだ。資本主義はG=Gwになるメカニズムを持っていないから,政府が支えてやらなければ資本主義は倒れる。

 さらに,保証成長率と別に,労働人口の増加率と労働生産性上昇との和で定義される「自然成長率(Gn)」がある。これを超える成長率を長く続けることはできないが,これが保証成長率とも現実成長率とも一致する保証がない。それで,ハロッドは,G, Gn, Gw 3者の関係で経済政策を論じる。

 以上のような意味でハロッドはケインズ理論を動学化したと言われるが,37年にケインズ自身が動学理論を出していたのだ。ケインズが問題視した事態は,Gn<Gw。このとき何が起こるとハロッドは言っていたのか。長期に現実成長率がGnを上回ることはできない。完全雇用の天井に当たる。そうすると,G

 ケインズの処方箋はGwを下げてやれというものだ。Gnを触らない。「生産性を高めよ」などと決して言わない(注3)。

 人口減少に直面してほとんどの論者が行き着くのは,生産性を上げて成長率を上げようということだ。ケインズの視点では,自然成長率は天から降ってくる。これをどうこうできる理論も現実的根拠もない。だから,経済政策は,経済がそれに合わせて困らないようにすればよい。困るとは何かと言えば,失業である。自然成長率がどの水準であれ,失業が起こらないようにする保証成長率がある。そして,利子率を下げるのは,それによって投資を促進するためではない。生産期間が伸びても構わない経済にせよと言っている。つまり,資本が豊富で有り余っても困らないように,利子率は極めて低くならなければならないと言っている。物価が上がり始めた今,ゼロ金利から脱して金利のある正常な経済にどうやって戻るかを多くの人が論じている。ケインズは,資本が有り余って金利がほとんどなくなる世界を夢見た。自然成長率には触らず,金利がなくなっても困らない社会にする。これが人口減少時代の経済へのケインズの視点である。そして,低金利も分配改善もやり尽くしたとしたら,保証成長率を下げる方策は,ケインズが触れていない財政支出である。

[注]
  • (1)Keynes, J. M. (1937), ‘Some economic consequences of a declining population’, Eugenics Review, April 1937, CW14, pp124-133.
  • (2)Harrod, R. F. (1939), ‘An essay in dynamic theory’, The Economic Journal, vol. 49, no. 193, pp.14-33.
  • (3)政策論争の歴史を振り返ると,1950年代末の都留・下村の所得倍増論争はGwの大きさの推計をめぐるものだった(都留重人(1959a)『経済を動かすもの』岩波新書)。Gn<Gwに今日の問題を見ているのは伊東光晴(2014)『アベノミクス批判』岩波書店。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4148.html)

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