世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
総選挙後のタイの動向:政権構想,選挙をめぐる疑惑,44人議員事件
(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2026.02.23
政権構想
13日,タイ誇り党(以下,誇り党)のアヌティン党首(現首相)とタイ貢献党(以下,貢献党)の首相候補だったヨッチャナンが会談し,その後の共同記者会見で,アヌティンは両党が「タイを持続可能で安定した未来に導くことができる」と,ヨッチャナンは「貢献党は政権を率いる誇り党をサポートする」と述べ,両党が連立政権樹立で合意したと発表した。総選挙に関するメディアの予測によると,誇り党は193議席,貢献党は74議席,合計267議席となり,定数500の過半数となる。この時点で,首相指名選挙は早ければ4月にも行われる見通しであるとされた(注1)。
14日,総選挙で合計9議席を獲得した7つの小規模政党が「アヌティンの首相候補への支持を約束した」とナン誇り党報道官がメディアに語った。その7つの政党とはタイ・ルアム・パラン党,経済党,新民主党,マイ党,ルアムジャイタイ党,タイスブタウィー党,ニューディメンション党(タイ語ではミティマイ党)である。また,ナン報道官は「7党は首相選出への支持を表明したに過ぎず,政権参加や役職の割り当てについては確定していない」と述べた。さらに,「連立に関するクラ・タム党との交渉をアヌティンとチャイチャノック書記長が担当する」と述べた。当初,クラ・タム党は,タマナット同党主席顧問の農業大臣留任を条件として,誇り党に連立政権参加の意向を伝えた。しかし,誇り党はこの条件をのまず,クラ・タム党ではなく,民主党と連立することを示唆していた。しかし,16日に,クラ・タム党のパイ書記長は「条件なしで,連立政権に参加したい」との考えをチャイチャノック書記長に伝えたと発表,誇り党はこれを受け入れるものと思われる。これにより,選挙戦中,「グレー」なクラ・タム党とは連立しないと宣言していた民主党の政権入りはなくなったと考えられる(注2)。
選挙をめぐる疑惑
選挙をめぐる2つの疑惑が浮上している。1つは選挙をめぐる不正であり,他の1つは有権者の情報漏洩に関するものである。第1の疑惑からみていこう。8日午後5時に投票が締め切られた直後から,集計作業の透明性や正確性を疑った有権者が開票所を一時占拠するなどの騒ぎが各地で起き,また,市民がSNSで投票集計の不正を指摘した。これには,暗闇で集計される投票用紙の映像,無効票として誤ってマークされた有効票,投票所で記録された数字と選挙管理委員会(以下,選管)のオンラインシステムに入力された数字の不一致が含まれていた。また,独立系選挙監視団体である「Vote62」(後述)は全国で5,000件以上の苦情を記録しており,そのウェブサイトによると,公式の投票集計と独立監視員の集計が異なる事例が1,000件以上あった。また,いくつかの政党が得た票がすべてなくなる事例が各地で報告されている(注3)。
国民党は選挙結果を概ね受け入れたものの,18の選挙区で再集計を求めている。貢献党は国民から疑念が寄せられた地域での見直しを支持し,タイ統一党は全国的な再集計を求めた。11日,民主党のアピシット党首(元首相)は記者団に「正当性のないプロセスがどのように進むかを他国の事例でみてきた。透明性を迅速に示さなければ,国民の信頼を失う」と語った。選管は11日時点で113件の正式な苦情を受けており,すべて調査中であると述べた。11日,選管本部があるバンコクの政府庁舎前で抗議集会が開かれ,参加者は「全国で票の数え直しを」などと叫んだ。10日,アヌティンは「苦情に関する公式結果が出るまで,連立決定を見送る」と述べ,13日には選管が記者会見し,一部の投票所で開票作業員が投票用紙を破ったことなどを認めた(注4)。他方選管は,チョンブリ県ムアン地区第1選挙区での投票再集計を求める抗議者の要請を「集計が不公正だった証拠がない」として却下した。同区は,非公式結果で,誇り党の候補者が国民党の候補者に3,700票以上の差をつけている。また,マハサラカム県第1選挙区での再集計の要請も拒否した。一方,選管はパトゥムターニ県の1選挙区での再集計と,バンコク都第9選挙区,ナン県第1選挙区,ウドンターニ県第6選挙区で再選挙を実施すると発表した。また,選管は,バンコクのカンナヤオ地区第9選挙区では,15の投票所で集計中の雨嵐により一部の投票用紙が損傷し,選挙管理官が集計を中断していたと発表した。新たな選挙は2月22日に15の投票所で行われる。ナン県ムアン地区第1選挙区では,選管が誤って69票の投票用紙を破り捨てたことが判明し,候補者の番号を判別できなくなったため,選管が集計を停止したと発表した。選管は,2月22日に同地区で比例代表選挙のみ再度行われると発表した。17日,選管は,バンコクや北部パヤオ県など4選挙区ですべてまたは一部の投票所で22日以降に再投票を受け付けるほか,5県の8開票所で19日以降,票を再集計すると発表した(注5)。
第2の疑惑についてみていこう。小選挙区の投票用紙(グリーンカード)にはQRコードが含まれており,比例代表の投票用紙(ピンクカード)にはスキャン可能かつリンク可能なバーコードがあり,多くの政党は憲法第85条および選挙法第146条における「秘密投票に違反している可能性がある」と指摘している。16日,ナタポン国民党党首は,データ漏洩により,投票の秘密保持に深刻なリスクがあるとして,総選挙の全面的な再実施と2月8日総選挙の投票用紙の破棄を求めた。ナタポンは,投票用紙のシリアル番号を示す画像,投票所のバーコード,マークされた投票用紙の写真という3つの要素が一致すれば,個人の投票を特定できるとし,国民党は既に刑法第157条および第172条に基づく刑事訴訟を憲法裁判所に提出したと述べた。総選挙に参加した他の政党のうち,タイ・サン・タイ党は憲法裁判所及び最高裁判所への訴訟の準備に入り,新代替党の首相候補モンコルキットは,選管が比例代表選挙及び小選挙区の投票用紙にコードを使用していることについて,オンブズマンに書簡を提出した。彼は,これらのコードが投票者の追跡を可能にし,直接投票と秘密投票を義務付ける憲法第85条に違反する可能性があると主張した(注6)。
Vote62
62は仏暦2062年をさす。西暦では2019年で,Vote62は2019年総選挙の際に設立された。設立の基盤の1つとなったOpendreamは「2019年の総選挙の選挙規則は,選挙区の区画割りから投票用紙への記入方法に至るまで,前回の選挙から大幅な変更がみられた。このことを踏まえ,Opendreamは,新興メディアのThe MOMENTUM a day BULLETINや人権・法律監視NGOのiLawと協力し,市民の選挙準備を支援するための最新情報を提供するシステム「vote62.com」を作成した。また,このシステムはリアルタイムの投票集計情報のクラウドソーシングを可能にし,選挙への市民の関与を高め,その後,選挙結果をまとめて一般に公開した。vote62.comのクラウドソーシングシステムは,市民が投票所での集計結果の写真を撮影・アップロードできる仕組みである。画像がアップロードされると,ウェブサイトに入った誰でも票数を数え,結果をデジタル化するためにシステムに入力することができる。デジタル化されたデータは,タイ選挙管理委員会が発表した実際の集計結果を検証するための独立したデータベースとして機能する」と述べている(注7)。
2026年総選挙の結果予測で,Vote62は誇り党185議席(選管比8議席少,以下,同),国民党148議席(30議席多),貢献党61議席(13議席少),クラ・タム党53議席(5議席少),民主党21議席(1議席少)としている(注8)。
44議員事件
9日,国家反汚職委員会(NACC)は,ピタ党首を含む44人の元前進党議員が刑法第112条(不敬罪)改正法案の共同提出において,重大な倫理基準違反を犯したと全会一致で認定した。44人のうち10人はナタポン党首,シリカニャ副党首(いずれも国民党)を含む8日の総選挙で当選の見込みである。NACCは30日以内に最高裁判所に事件を送付する。NACCは,この法案が憲法と矛盾し,君主制の保護の縮小を目的としていると述べた。NACCは,この行為が国王を国家元首とする民主主義体制の維持,王室の保護,そして公職の尊厳を損なう行為を反映していると述べた。裁判が始まれば,議員は職務停止となる。有罪判決が下されれば,議員は議席を失い,最長で生涯公民権を失う。これが小選挙区選出議員の場合,補欠選挙が実施され,比例代表選出議員の場合,国民党の名簿から補充される(注9)。
11日,国民党のサラユット書記長は,ナタポンとシリカニャが職務停止となれば,パリット党報道官(33歳)が党首の座に就く可能性があると述べた。サラユットは,党が3月か4月に総会を開き,党の今後の方針や法的訴訟への対応について議論する予定だと述べた。パリットはアピシット民主党党首の甥である。もう1人の党首候補はヴィーラユース副党首(戦略担当)で,今回の総選挙では3人目の首相候補だった。10日,ナタポンは当面辞任するつもりはなく,次の動きを練る間,党の安定が必要だと述べた。なお,9日,サラユットは,党が総選挙で200議席を獲得できなければ,党書記長を辞任する意向を示した(注10)。
[注]
- (1)『朝日新聞』2026年2月13日。
- (2)Thai PBS WORLD, 14 February 2026;Thai PBS WORLD, 16 February 2026;『YAHOO JAPAN!ニュース』2026年2月16日。
- (3)Reuters, 11 February 2026;『朝日新聞』2026年2月18日。
- (4)『日本経済新聞』2026年2月13日;Reuters,op.cit.;Bangkok Post, 18 February 2026;『朝日新聞』同上。
- (5)Thai PBS WORLD, 13 February 2026;『YAHOO JAPAN!ニュース』2026年2月16日;『朝日新聞』同上。
- (6)THAIRATH, 16 February 2026.
- (7)Opendream “Vote62” 2026年2月15日最終閲覧。
- (8)Opendream “Vote62” 2026年2月15日最終閲覧。
- (9)The Nation, 9 February 2026;Bangkok Post, 9 February 2026.
- (10)Bangkok Post, 11 February 2026;The Nation, 12 February 2026.
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