世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
総選挙に向かうタイの動向:世論調査,新憲法制定の国民投票
(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2026.02.02
2月8日に実施されるタイの総選挙と新憲法制定に関する国民投票では,有権者の混乱を避けるため,投票の際,小選挙区では緑の投票用紙を緑の投票箱に,比例代表ではピンクの投票用紙をピンクの投票箱に,国民投票では黄色の投票用紙を黄色の投票箱に入れることになっている。本稿では,世論調査,選挙結果の予測,連立政権の構想,新憲法制定に関する国民投票の順にその概要を見て行く。
1月末時点での一番大きなトピックは,ピタ元前進党党首の帰国と国民党への応援演説の実施である。2023年5月の総選挙で151議席を獲得し,第一党となった前進党の党首で首相候補だったピタは,同年7月,メディア企業の株保有に関する提訴を受け,憲法裁判所に暫定的に下院議員資格を停止された。また,同年8月,憲法裁判所は,前進党に対し,同党が掲げた「刑法第112条(不敬罪)改正」という選挙公約は「国王を国家元首とする民主主義体制の転覆を企てたことに相当する」として解党を命じた。また,これにあわせて同裁判所は,ピタなど前進党幹部に10年間の公民権停止を命じた。その後,ピタは渡米し研究職に就いていたが,23日に帰国,24日にバンコクのショッピングモールで,「ナタポンを首相官邸に送るため,候補者登録の際は政党に割り当てられた数字“46”を選択するよう皆さんにお願いしたい。私はそのためだけに帰国した」,「圧倒的勝利で,ナタポンを首相にしよう」などと国民党の応援演説を行った。また,ピタは,約5,300万人の有権者のうち,投票先を決めていない約800万人,選挙を棄権しようとしている約1,200万人に対して国民党に投票するよう求めた。昨年9月,国民党は首班指名選挙で保守本流のアヌティン(タイ誇り党)を支持したことにより,「反エスタブリッシュメント(既得権益への挑戦)」と「民主化」を掲げる「左ウイング」の支持を失った。これを回復することと,カリスマ性を発揮して,全体的に支持を高めることが今回の演説を目的だろう。一方,選挙後に,国民党のラディカルさに対する他党の警戒を高め,連立が組めないという2023年の再現が起きる可能性もあろう(Thai PBS WORLD,25 January 2026.)。
世論調査
1月12日,タイ国立開発行政研究院(NIDA)は5~8日に実施した世論調査(Poll)「第1回:2026年選挙の勢い」の結果を発表した。政党支持は,国民党(小選挙区30.40%,比例代表30.48%,以下,同),タイ誇り党(以下誇り党 21.96%,22.32%),タイ貢献党(15.72%,15.44%),民主党(12.16%,12.56%)の順となった。「支持政党なし」が「政治人気調査」の2025年第4四半期調査(調査期間は12月4~12日)では32.36%(小選挙区と比例区の区別なし)だったが,この度のNIDA-Pallでは8.40%,7.80%となり,24%程度減少している。そして,この約半数(9.92%から21.96%,22.32%への増加,12%程度増)が誇り党に移行した計算となる。これは誇り党党首のアヌティンが首相を務める政府が12月に対カンボジア国境紛争を激化させ,保守派を中心とする国民のナショナリズムを喚起したことが主な理由だと思われる。これに対して,国民党は25.28%から30.40%,30.48%へと5%程度の増加に留まった(NIDA Poll,Political Popularity Survey,14 December 2025;『タイニュースクロスボンバー』2026年1月12日)。
世論調査の主体が異なればその結果も異なる。11日,スアンドゥシット大学は6~9日に実施した世論調査の結果を発表した。「投票の決定に影響を与える要因は何か(複数回答可能)」との質問に対して,「経済・生活政策」(52.35%),「過去の実績」(45.64%),「リーダーと執行部」(38.03%),「政策討論」(35.35%),「政党と政治イデオロギー」(33.32%)の順となっている(The Nation,11 January 2026.)。また,同大学は13~16日に調査が行われた「2026年選挙における政策と政党」の結果を18日に発表した。国民党は生計と生活費で2位(33.58%)であったものの,「教育」(43.93%),「反汚職」(39.89%),「政治・安全保障」(38.14%),「農業」(35.82%)はそれぞれ1位で最も多くの国民の信頼を獲得した。貢献党は「生計と生活費」で1位(35.63%),他の4分野ではいずれも2位で(前掲順に28.86%,26.64%,26.27%,30.87%)となり,両党が,政策に関し,国民の信頼を得ていることがわかった。また,国民党は小選挙区,比例代表,首相候補のすべてで1位(33.14%,34.11%,34.34%),貢献党がすべてで2位(19.49%,18.37%,19.91%),誇り党がすべてで3位(17.63%,17.13%,16.13%),民主党がすべてで4位(8.28%,10.25%,10.36%)となった(The Nation,18 January 2026.)。さらに,20~23日に行われた同大学は世論調査(小選挙区と比例区の区別なし)の結果を25日に発表。国民党は支持政党と首相候補の両方で1位(33.14%,33.80%),貢献党が両方で2位(20.76%,20.98%),誇り党が両方で3位(16.57%,17.23%),民主党が両方で4位(11.46%,11.24%)となった(https://en.wikipedia.org/wiki/2026_Thai_general_election 2026年1月28日最終閲覧)。
一方,28日にはネーション・ポールが世論調査(実施期間不明)の結果を発表した。小選挙区で,誇り党(21.14%)が1位,国民党(21.11%)が2位で僅差で競り合い,貢献党が3位(17.56%),民主党が4位(7.58%),未定23.85%である。比例選挙では,国民党(21.89%)が1位,誇り党(20.59%)が2位,貢献党が3位(17.02%),民主党が4位(7.90%),未定24.73%であった。地域別にみると,バンコク都と中央部は,国民党,誇り党,貢献党の順で競い合い,東部は貢献党,国民党,誇り党の順で競い合い,東北部はほぼ誇り党,貢献党,国民党の順で競い合い,北部は貢献党と国民党が競い合い,南部は民主党が圧倒的な支持を得ている。対カンボジア国境紛争の現場である東北部の南では,前回選挙時と比較して,誇り党が大幅に支持を高めている(The Nation,28 January 2026.)
選挙結果の予測
21日,NIDA Pollは,総選挙の結果予測を発表,1位が誇り党で140~150議席,2位が国民党で120~130議席,3位が貢献党で80~90議席である。4,5位は経済党と民主党で40議席程度。選挙後の連立交渉で両党が重要な役割を果たすとNIDA Pollでは予測している。同日,アヌティンは自党の予測獲得議席数が少なすぎるとNIDA Pallを批判,150議席以上の獲得をめざしていると述べた。この発表の際,スヴィチャ・プアリーNIDA Poll所長は,最新の調査では,誇り党が支持率1位であると述べた。筆者は,連立に関し,貢献党が誇り党と国民党のいずれとの連立を希望するかが,まずは重要だと考えている(Thai PBS WORLD,2026年1月21日。)。
連立政権の構想
世論調査の結果からすれば単独政権は困難で,総選挙後に主要政党は連立政権づくりに動くことになる。国民党のスローガンは「グレーなしのタイ,平等なタイ,近代的なタイ」で,ナタポンはクラ・タム党との連立を否定した。国民党は,自身の調査で,150議席を確保すると予測,貢献党やタイサンタイ党と合せて260~270議席を獲得し,連立政権を形成しようと考えている。誇り党のスローガンは「有言実行PLUS」で,アヌティンは不敬罪の改正を支持するいかなる政党とも連立しないと述べている。貢献党のスローガンは「貢献党はできる」で,ヨッチャナンは,貢献党はどの政党とも連立する用意があると繰り返し述べている。民主党のスローガンは「貧困から脱出するタイ,グレー資本への非寛容」で,アビシットはクラ・タム党との連立を否定している(The Nation,26 January 2026.)。
17日,ネーションTVが主催する選挙討論会が8党の参加を得て実施された(誇り党は不参加)。国民党ナタポンはクラ・タム党が参加する政権には参加しないこと,及び,首班指名選挙で,アヌティンに投票しないことを確認した。貢献党ヨッチャナンは腐敗行為に関与する政党とは協力しないと述べた。また,民主党アビシットはグレー資本と結び付いた腐敗や社会的分断に関与したり,不適切なリーダーに支配された政治に参加しないとする長年の立場を再確認した(The Nation,18 January 2026.)。
新憲法制定に関する国民投票
昨年12月18日,政府は特別閣議で,新憲法制定に関する国民投票の2月8日実施とその質問を決定した。質問は「新憲法制定に賛成するか(Do you approve that there should be a new constitution?)」の1つのみとなる。1月2日,官報は,2月8日に,総選挙とともに,国民投票の実施を宣言した。内閣は,2025年9月10日付の憲法裁判所判決18/2568(注1)に基づき権限を行使し,国民投票の日程を決定した。憲法裁判所判決は,新憲法制定のため,3回の国民投票を求めており,今回が最初のものとなる。憲法第166条は内閣発議による憲法改正に関する規定(注2)である。国民投票法B.E. 2564(2021年)第9条第2項(2)は「本法の投票は以下の通りでなければならない。…(2)内閣が,そうするための合理的根拠が存在すると考える場合の投票…」と規定される。同法B.E. 2564第11条第3項(国民投票法(第2号)B.E. 2568(2025年)で改正)は2025年12月に改正され,国民投票を総選挙や地方選挙などと同日に実施しやすくするために,官報掲載日から国民投票日までの期間を「90~120日」から「60~150日」と柔軟にした。しかし,今回,官報掲載日は1月2日なので,実施の条件を満たさない。そこで,同項の「予算に関する正当性や必要性や不可避の必要性が認められる場合,内閣は異なる日程を設定することができる。この国民投票は求められている問題に賛成・反対を問う簡単なものでかつ,有権者に対し十分明確な文書で記述しなければならない」との規定を用いたと思われる。上記官報には,選挙管理委員会により既に総選挙の日程が2月8日に設定されており,公金の支出を抑制し,有権者の便宜を最大化し,選挙管理委員会の負担を軽減するために,総選挙と同日に国民投票を設定する必要があると書かれている(THAIRATH ONLINE,2 January 2026.)。
国民投票法(2021年)第13条は「国民投票の問題を解決するための投票は全有権者の過半数の投票率でなければならず,また,国民投票の投票の単純過半数でなければならない」と規定されていた。「国民投票の問題を解決するための投票は全有権者の過半数の投票率でなければならない」という規定は,憲法改正反対運動がなされるなどして,投票率が低い場合,承認されない可能性を高めることになる。そこで,2025年の同法改正で,この部分を削除した。これにより,国民投票は承認される可能性が高まった。ネーション・ポールによれば,回答者の56.26%が国民投票を承認,30.12%が反対すると答えている(The Nation,28 January 2026.)。
なお,新憲法制定の国民投票の第2段階は起草メカニズムと憲法起草議会(CDA)の承認で2027年実施予定,第3段階は憲法案の承認で2028年実施予定である。そのため,今回の総選挙で選出された議員はほぼ現行憲法下で活動することになる。
[注]
- (1)憲法第166条,国民投票法B.E. 2564(2021年) 第9条第2項(2),同法B.E. 2564第11条第3項(国民投票法(第2号)B.E. 2568(2025年)で改正。
- (2)合理的根拠が存在する場合,内閣は,本憲法に反する,あるいは,これと矛盾する事柄ではない,ないしは,法律が規定する個人や集団に関連する事柄ではないいかなる問題に関しても,国民投票を要求することができる。
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