世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
香港:自由放任から5ヵ年計画策定へ:行政主導が孕む危うさ
(亜細亜大学アジア研究所 教授)
2026.03.16
英国植民地時代には政府が経済活動に干渉しない「レッセフェール(自由放任主義)」,「積極的不介入」を掲げていた香港だが,愛国者を軸とした行政主導への転換が急ピッチで進められ,中国で今年から始まる「第15次5ヵ年計画」に沿った5ヵ年計画を香港政府も策定することとなった。
国安法施行(2020年)以来2回目となった昨年12月立法会議員選挙では,かつての民主派はみな一掃されて愛国者(いわゆる親中体制派)のみが立候補でき,選出された。すなわち議会に政府を監視監督する機能は求められていない。政府と一体となって施策を打ち出し,速やかに実行することが求められているのである。
そうした中で優先度の高い政策は何なのか。中国が2019年に打ち出した粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)建設への積極的な参画である。大湾区は京津冀,長江デルタと並んで今次5ヵ年計画においても中国全体を牽引する役割が求められている。昨年12月の中央経済工作会議では,2026年の重点任務(8項目列挙)の2番目に「イノベーション主導の発展堅持と新たな成長原動力の育成・拡大」が掲げられ,その中で上記3エリアには国際科学技術イノベーションセンターを建設することが明記された。
12日に閉幕した今年の全人代で審議された5ヵ年計画(草案)における記述も興味深い。前5ヵ年計画では,中央政府による包括的な管轄権が強調されていたが,今回はすでにこの言及はない。一方で「香港マカオが国の発展の大局に融合することを支持する」という個所は,「香港マカオが(中略)融合し奉仕することを支持する」と新たに「奉仕する(原文は「服務」)」が加筆され,国家への貢献を強く求める表現になった。
「第15次5ヵ年計画」では大湾区への具体的な注文が多い。その中で初めて言及があったのが香港「北部都会区」の建設加速である。「北部都会区」は,林鄭月娥行政長官(当時)が2021年10月の施政方針演説で突如表明した巨大都市開発構想で,中国本土(深圳)に隣接する香港の新界北部地区(総面積約3万ha=香港総面積の3分の1に相当)にサイエンスパークを中心としたイノベーション基地を建設しようとするものである。この構想が打ち出される前,この地域の一部(沙嶺)には火葬場や墓園などの葬祭施設の建設が予定されていたが,データセンターとして活用されることになった。
北部都会区構想は「南金融,北創科」と言われるように,金融センターのある香港南部に加えて北部を新たにイノベーション基地として建設するもので,深圳と一体になって発展せよ,というのが中央の考え方である。世界知的所有権機関(WIPO)が2025年9月に発表した「2025年グローバルイノベーション指数(GII)」のグローバル・イノベーション・クラスターTop100で,深圳・香港・広州クラスターが,初めて1位になった(24年まで5年連続2位)。
しかし,大湾区構想の大きな狙いは深圳を核としたイノベーションクラスター建設であり,香港は金融や人材獲得などでそれを支える役割となる。愛国者であることを求められる香港の財界からすれば,南から北に経済の重心が移され,これまでとは異なるビジネスの流儀を強いられることには複雑なものがあるだろう。地元財界の動きが鈍いこともあり,香港政府は2月末,北部都会区の大規模インフラ整備に外為基金から2年間で計1500億香港ドルを拠出する予算案を発表した。
外為基金は香港の通貨・金融システムの安定と健全性維持のために設立された中央銀行の外貨準備に相当し,1997年,2008年の通貨・金融危機においても防波堤として機能してきた。今回は1984年に経営難に陥った銀行救済以来の発動であり,金融安定以外の目的での取り崩しは極めて異例となる。外為基金の総資産は4兆香港ドルを超え,2025年の運用収益も過去最高の3310億香港ドルとなったことから政府は今回の予算措置に問題はないとするが,香港ドル防衛の最後の砦に手を付けた危うさはぬぐえない。
香港初の5ヵ年計画は全人代終了後,香港政府内の政策局が横断的にすりあわせて策定するという。香港の行政主導の行方を見守りたい。
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