世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4269
世界経済評論IMPACT No.4269

食料品ゼロ税率は「日本型・軽減税率制度」から検討せよ

小黒一正

(法政大学 教授)

2026.03.16

 超党派の「社会保障国民会議」第1回が2026年2月下旬に開催され,衆議院議員総選挙で争点の一つになった「食料品の消費税減税」に関する議論も徐々に始まっている。高市首相は,食料品の消費税2年間ゼロについては,国民会議で検討を加速するというスタンスであったが,食料品ゼロ税率(2年間)を本当に実施するのか。実施するなら,どのような仕組みで行うのか。長引く物価高で家計の負担軽減が焦点となるのは当然だが,社会保障の基幹財源である消費税の引き下げは,短期的な家計支援のみならず,中長期的な財政の持続可能性のほか,執行の効率性を含め,検討を行う必要がある。

 何より,食料品の税率を一律にゼロとする政策は,一見すると消費者利益に資するようで,実際には市場全体に深刻な「歪み」を生じさせる。第一に,「ゼロ税率」方式でなく,仕入税額控除を認めない「非課税」方式となれば,中間流通段階の消費税がコストとして累積し,最終価格に転嫁されることで意図した減税効果が減殺される可能性もある。第二に,「ゼロ税率」方式でも,「店内飲食(10%)」と「持ち帰り(0%)」の税率格差が拡大し,外食産業に不当な競争条件を課すことになる。さらに,食料品一律ゼロ税率という普遍主義的アプローチは,食費の絶対額が大きい高所得者層ほど減税の恩恵が大きくなるため,税制が本来果たすべき所得再分配機能に逆行する。

 これらの弊害を回避しつつ,逆進性対策という本来の目的を達成する解決方法が,「日本型・軽減税率制度(還付型)」の導入である。これは,消費税率を8%から10%に引き上げるときに財務省が提案したもので,取引時点では食料品を含む全品目に標準税率(10%)を適用し,後日,マイナンバーカード等のデジタルIDを活用して蓄積された購買データに基づき,政策的に定めた上限額の範囲内で食料品購入に係る消費税相当額を還付する仕組みだ。この「課税ベースの一本化」がもたらす優位性は極めて大きい。インボイス制度以降,複数税率の管理に苦しむ中小事業者にとって,税率を10%へ一本化することは実務を劇的に簡素化し,サービス産業の生産性を押し上げる。また,多くの農家が利用する「簡易課税制度」との整合性も保たれる。売上税率がゼロになれば肥料などに課される10%の消費税が控除できず経営を圧迫するが,標準税率の維持により生産者は従来通りの控除を受け続けることが可能となる。

 財政面でも,一人当たり年間2万円といった還付上限を設定することで富裕層への過度な再分配を抑制し,食料品全体をゼロ税率とした場合の約5兆円の減収を1.5兆円程度に圧縮できる。浮いた財源を別の政策に振り向けることも可能だ。将来的に「給付付き税額控除」の導入を目指す上でも,この還付型システムは重要な「制度的架橋」となる。「負担した税がデジタル経由で確実に還付される」プロセスを社会実装し,データ駆動型の行政運営を推進することは,国民の行政への信頼醸成に不可欠である。我々が選択すべきは,市場を歪める安易な減税ではなく,単一税率による徴収とデジタル還付を組み合わせた,経済合理性と持続可能性を両立させる新たな社会保障モデルの確立ではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4269.html)

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