世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4270
世界経済評論IMPACT No.4270

なぜアメリカとイスラエルはイランを見誤ったのか

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2026.03.16

 アメリカとイスラエルがイランへの攻撃に踏み切ってから早2週間以上が経過した。最高指導者の殺害という極端な作戦は,両者の思惑と異なり戦争の長期化を招いた。トランプ氏は,指導者の殺害がイランのモッラー(聖職者)体制の弛緩ないし崩壊を招くと想定していたそうである。欧米メディアも戦争そのものには批判的でも,両国の圧倒的な軍事的勝利については疑いをあまり持っていなかったように見える。全ての読み違いはイランへの無理解に端を発しているのではないだろうか。

 まず「斬首作戦」の意味について,アメリカなどは決定的な誤解をしていたと思われる。イスラエルは電撃戦に偏ったドクトリンから,革命防衛隊の司令官を殺害すればその指揮系統に打撃を与えると考えていた。しかし,実際には防衛隊の高官を一掃したと言えるほどの規模の暗殺を遂行しても,目立った混乱は見られない。むしろ,イスラエルや湾岸のアメリカ軍が見たのは,予想しない規模の報復であった。

 なぜ,こんなことが起きたのか。革命防衛隊は1人の指揮官に複数の副官をつけており,指揮官が死亡した場合は副官の1人が自動的に指揮権を継承する。各部隊も中央の指揮に依存しない「モザイク防衛体制」を構築しており,斬首作戦への抵抗力を有している。

 普通の軍隊であれば,幹部が殺されることは重大な失敗とみなされる。しかし,イランでは逆に殉教者として祭り上げられ,士気の鼓舞に繋がる。その家族も社会経済的に優遇されることもあり,幹部は心残りなく死ぬことができる。

 イスラエルは好きな時にイラン側の幹部を殺害でき,そしていつ身の上にふりかかるか分からない死への恐れにより指揮は混乱をきたしているという物語を流布してきた。しかし,欧米流の合理論は必ずしもイランには当てはまらない。いま我々に突きつけられているのは,別の現実だ。

 勝利条件に関する思想も極めて非対称的だ。アメリカやイスラエルは,どれだけの物的・人的損害を与えたかで,勝利についての議論を行う。トランプ氏は既に何度勝利宣言したか分からない。

 一方のイランは,初めから敵国に与える心理的な面,国際世論へのアピールを重視している。テル・アビブ上空で輝くミサイルの火の玉,それがもたらす破壊,防空壕に避難する人々の映像こそ,テヘランの最大の武器である。ミサイルを仮に99%迎撃できていたとしても,残りの1%が着弾するだけでイランは目的を達成できる。さらに2年にわたったガザ破壊への国際的怒りが,イスラエルの民間人の被害が広範な批判を巻き起こさないことも冷酷に計算している。

 こうした映像は,イスラエル国民の自信と欧米中心に世界が信じてきたイスラエルの無敵神話を打ち砕く。困窮し不平等への怒りを募らせる欧米の若年層は,この戦いをゴリアテに対するダビデの勝利とみなしカタルシスを得る。そしてガザ戦争の時と同じく,正義に目覚めた若者はトランプ政権を揺さぶるのだ。これがイラン指導部がアメリカに仕掛ける情報戦である。

 湾岸諸国への野放図とも言える攻撃についても,この暴挙が被害を受けた諸国を反イランに傾ける,さらには団結させるといった誤った言説がある。実態は逆だ。攻撃を受けた国々は,国によって差はあれど競ってイランとの秘密交渉を行っている。アラブの指導者たちは,湾岸における真の強者はイランだとみなし始めているからだ。さらにイランは国によって攻撃の度合いを変え,国々の間に疑心暗鬼を生じさせようとしている。古代ササン朝時代からアラブ人の扱い方をよく心得ているのである。

 イランへの理解を難しくしているのが,二面性である。イスラムを国是としながら国民の多くは世俗的で,イスラエル壊滅・パレスチナ救済を掲げながらも「パレスチナに死を」と叫ぶ映像が出回っているようにアラブ人勢力を心底嫌う。タアローフに代表される本音と建前の文化が,真意の把握を困難にしているのである。

 イスラエルは以前,この二面性に付け込み,防衛隊にはびこる面従腹背の腐敗幹部を篭絡してきた。イスラエルは重要な情報を得られ,腐敗幹部は利益を得られる。不俱戴天の敵同士であるにもかかわらず,奇妙な共依存関係があった。

 しかし最高指導者の殺害は,この持ちつ持たれつの関係を破綻させた。最高指導者を殺されたのにまともな報復ができないとなれば権威は失墜し,モッラー体制に属する大多数の者が危機に陥る。団結が最大多数にとって利益をもたらすとの認識が広がれば,内通者が存在する余地は減っていく。かくしてイランは,アメリカとイスラエルにとってより分かりにくい闇に包まれた存在となった。

 イランのミサイル・無人機の備蓄,生産能力がどれだけあるのか,実際には誰が報復作戦の戦略を練っているか,もはや誰も分からない。確からしいのは,この戦争が長引きそうだという絶望的な予測だけである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4270.html)

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