世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
元アルカイダ司令官のホワイトハウス訪問:背後で蠢動するイスラエルとトルコ
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2025.11.17
同時多発テロ事件から24年,元アルカイダ関係者がホワイトハウスを訪問するとは誰が想像しただろうか。アメリカのトランプ大統領は,シリアのシャラア暫定大統領を招いたのである。
シャラアは「ジャウラニ(ゴラン高原出身の意,以下この名で呼ぶ)」のコードネームで知られるシリア解放機構の指導者である。この組織の前身は「ヌスラ戦線」でアルカイダのシリア支部だ。トランプはシリアを米主導の対イスラム国有志連合に加えるとしているが,ヌスラ戦線は一時,イスラム国とも同盟関係を結んでいた。アメリカは去年暮れまでその首に15億円もの懸賞金をかけていたのである。
訪問の布石はすでに打たれていた。ジャウラニの暫定大統領就任に伴う懸賞金の廃止,そしていわゆる「カエサル制裁」の一部停止である。そしてトランプは最近,ジャウラニへの好意的な発言を繰り返していた。
トランプは就任以来,7つの戦争を終了させたとの妄言を繰り返している。その内実はトランプの手柄として疑問符がつくものが大半だ。経済でも成果が出せないなか「平和の使者」としての実績作りに焦っている。不動産屋として成果に結びつきそうなものなら何でも手を出す性分から,次に目をつけたのが1期目最大の功績の一つ「アブラハム合意」であった。シリアの合意参加は大きな手柄になる。
イスラエルも,アブラハム合意拡大のためトランプに働きかけを強めている。事実,イスラエル国内の屋外広告には,ジャウラニの顔写真も合意メンバーに加えられている。
イスラエルはアサド政権崩壊後,シリア全土を空爆し重火器の多くを無力化した。ゴラン高原の実効支配地域拡大も進めている。さらに今年7月には国防省の建物の空爆まで実行した。こうした敵対行為は,ジャウラニに自国の立場を「分からせ」るためのものに過ぎない。ジャウラニはアサド政権と戦っていたため,当然反イランの立場である。適度に飼いならし,親イラン民兵への抑止力として使いたい思惑がある。
イスラエルと対立するトルコは,より複雑な思惑を持ちトランプとジャウラニの仲を取り持っている。
まずトルコはジャウラニらシリア解放機構に最も大きな影響力を持つ存在である。少し前までジャウラニ一派は北西部で包囲され,トルコの支援で辛うじてわずかな領域を守っているに過ぎなかった。ジャウラニはエルドアンに頭が上がらない。
今,シリアで焦点となっているのは,クルド人が主導するシリア民主軍(SDF)の国軍への統合である。
トルコは,アサド政権崩壊で力の均衡が崩れたのをきっかけにSDF壊滅を目指し攻勢を強めた。「水源」を断つため,傘下の傭兵集団にユーフラテス川のティシュリーンダムを攻撃させた。SDFは激しい抵抗と並行して暫定政府との交渉を開始。攻撃の口実を失わせるという巧みな政治指導でこの企みは失敗した。
そのクルド側の交渉材料が国軍への統合なのである。クルドとしては,その中核部隊を残しつつ形の上だけ参加することを目指している。当然,トルコと暫定政府は,それに反対し組織の解散と将兵への完全なる掌握を求める。そのため交渉は難航していた。ただ,交渉が続く限りトルコの攻撃を避けることはできる。それもクルドの狙いであった。
最初に述べたシリア国軍の対イスラム国の有志連合への参加は,シリアにおいてアメリカの同盟勢力になるための一番手っ取り早い方法である。イスラム国とも関係があった元アルカイダを参加させるとは何の冗談だという批判が飛び交った。問題はそういった道義的な面よりも,実務上の面である。
有志連合に加わるとなれば,国軍はその前線である北東シリアに部隊を駐留させることになる。しかし,それは北東部を根拠地とするクルド側が最も恐れる事態である。暫定政府はこれまで何度も,武力による威嚇を含め北東シリアへの駐留を求めてきた。それはクルド人にとって自治を放棄することに等しい。
さらに,国軍の駐留後にイスラム国の活動が沈静化すれば,アメリカ軍駐留の口実も失われる。トルコがその気になれば,イスラム国の活動はすぐに止む可能性が高い。10年前の「コバニの戦い」の際,クルドメディアはテロリストとトルコ軍関係者が談笑する様子や武器を渡す様子を捉えていた。因みにそのメディアは1年後に活動停止処分を受けた。トルコとイスラム国の関係は国際社会で公然の秘密である。
トルコはジャウラニとトランプの関係を通じ,既成事実化したクルド人の自治を掘り崩したいのである。
一方,同じくシリアに進出するイスラエルは親クルドである。ガザ問題,キプロス問題などでも両者は対立する。それぞれの構想を実現する前に,軍事衝突するという最悪の事態もあり得る。簡単に両者の思惑通り事態が進むほどシリアの地は甘くない。
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