世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
AIと人間のレコメンデーション:消費者はどちらを選ぶのか
(慶應義塾大学商学部 教授)
2025.11.17
新技術の登場によって企業と消費者のインタラクションは大きく変化し,デジタルマーケティングは急速に普及している。近年はAIを活用したトランスフォーメーションが進展し,AIマーケティングの利用領域も拡大している。中でも,個人の好みや行動に基づきオンライン上で商品を推奨する「レコメンデーション」は,最も有効な機能の一つとされる。成功しているレコメンデーションは,利用者が増えるほど精度が高まり,その精度向上がさらなる利用を促すという好循環を生む。単なるマーケティングツールにとどまらず,消費者エンゲージメントを刺激し,最終的には顧客生涯価値の向上にも寄与する。AIレコメンデーションの採用は化粧品,不動産,保険など多様な分野で広がっており,Amazon,Netflix,Spotifyなどのデジタルプラットフォームでは不可欠な要素になっている。
レコメンデーションに対する消費者のニーズが高まっている背景には,情報量の爆発的な増加がある。たとえば,Amazonプライムビデオに並ぶ映画や番組,YouTubeにアップロードされる動画,Instagramに投稿される写真は日々膨大な量で増加している。このような状況では,自ら最適な選択肢を探すことが一苦労となり,選択の質と効率性を高めるには,多様な条件を瞬時に処理できるAIによるレコメンデーションへの依存が強まる。
ところで,レコメンデーションにはAIによるものだけでなく,もちろん従来の人間によるものも存在する。ここで生じる疑問は,AIと人間を比較した場合,消費者は常にAIによるレコメンデーションを好むのだろうか,という点である。この疑問に答えるため,これまでにさまざまなドメインで両者を比較する研究が行われているが,それらの結果によれば,消費者は必ずしもAIによるレコメンデーションを選好するとは限らないことが示されている。AIが好まれるのは,正確さや論理性が求められる客観的な意思決定の場合である。これは特に,標準化された属性で特徴づけられ,購買前の商品比較が容易な「探索財」で顕著である。家電商品,パソコン,スマートフォン,カメラ,オーディオ機器,家具などが典型的なカテゴリーである。こうした探索財の意思決定では,膨大な情報を短時間で処理し,正確かつ詳細なデータに基づいて推奨できるという,判断の根拠が明確で再現性が高い「透明性」が重視されるため,この要件に容易に応えられるAIが有利となる。
一方,人間によるレコメンデーションが好まれるのは,主観的または感情的な判断が重視される意思決定である。AIには,個々の消費者の特性にきめ細かく対応しきれないという「ユニークネス・ネグレクト(uniqueness neglect)」と呼ばれる特徴があり,こうした状況には向かないとされる。特に,購買前の情報だけでは十分に対象を理解するのが難しく,使用者の実体験が価値判断に大きく影響する「経験財」でこの傾向が強い。旅行,エステ,レストラン,美容院のほか,映画やライブなどの娯楽体験,ホテルなどの宿泊サービス,さらにはワインやチョコレートといったグルメ食品などが典型的なカテゴリーとして挙げられる。経験財の選択では常に不確実性が付きまとい,人間の優れた能力である「感覚」が重要な情報源となるため,人間によるレコメンデーションへの選好が高まるのである。特に,専門知識を持つ人間が推奨する場合,その実体験や評判が重視され,消費者は高い説得力と信頼性を感じる傾向にある。
さらに,同じ商品であっても,消費者が実用性と快楽性のどちらを重視するかによって,どのようなレコメンデーションを好むかが変わってくる。実用性は有用性,機能性,合理性といった認知的次元で評価され,快楽性は快適性,楽しさ,面白さなどの感情的次元で評価される。したがって,実用的価値を重視する場合にはAIによるレコメンデーションが,快楽的価値を重視する場合には人間によるレコメンデーションが好まれる。さらに,どちらの価値を重視しているかを本人が明確に意識していない場合でも,「AIが推奨している」という情報が提示されるだけで,実用的価値は高く,快楽的価値は低く評価されるようになる。例えば,「AIのショコラティエが推奨するレシピで作られた」と説明されたチョコレートケーキは,「人間のショコラティエが推奨するレシピで作られた」と説明されたチョコレートケーキに比べて,ヘルシーさなどの実用的価値の評価は上昇する一方で,贅沢な味や香りといった快楽的価値の評価は下がる傾向にある。
こうした現象は,多くの消費者が「AIは客観的判断には強いが,感情や直感,感覚など主観性を含む判断には弱い」という考えを持っていることが背景にある。これは「機械推奨効果(word-of-machine effect)」と呼ばれ,前述の「ユニークネス・ネグレクト」とも関係している。このような場合にAIレコメンデーションへの評価を改善する方法はあるのだろうか。先行研究は,その一つとして商品情報に細かな数字を含めることを挙げている。例えば,音楽や本などの経験財を推奨する際に「あなたが気に入る自信は80.135%あります」と提示すると,単に「80%です」と示す場合に比べ,信頼と受容が高まることが実証されている。このように,AIと人間によるレコメンデーションにはそれぞれ異なる強みと限界がある。レコメンデーション機能を提供する企業は,消費者のニーズや価値志向に応じて両者を使い分け,提示する情報に工夫を加えることで,購買意思決定に影響を与え,満足度を高めることが可能である。
[参考文献]
- Kim, J., Giroux, M., & Lee, J. C. (2021). When do you trust AI? The effect of number presentation detail on consumer trust and acceptance of AI recommendations. Psychology & Marketing, 38.
- Longoni, C., & Cian, L. (2022). Artificial intelligence in utilitarian vs. hedonic contexts: The “word-of-machine” effect. Journal of Marketing, 86.
- Schrage, M. (2021). The transformational power of recommendation. MIT Sloan Management Review, 62.
- Mazzù, M. F., Angelis, M. D., Andria, A. & Baccelloni, A. (2024). Humans or AI: How the source of recommendations influences consumer choices for different product types. California Management Review, December.
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