世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3737
世界経済評論IMPACT No.3737

顧客満足度評価の複雑さとその課題

白井美由里

(慶應義塾大学商学部 教授)

2025.02.24

 顧客満足という概念が注目されるようになってから40年余りが経過した。企業の成長に不可欠とされ,多くの企業がその向上に取り組んできた。しかし,期待された効果が得られていないことから,こうした取り組みへの投資に疑問を抱く声も少なくない。その要因の一つとして,その捉え方が影響している可能性がある。そこで,先行研究に基づき考えられる問題を4つ挙げたい。

 一つ目は,企業の成長には高い顧客満足度の獲得が不可欠であるという考え方である。そもそも,満足している全ての顧客が企業に利益をもたらすとは限らない。この点を踏まえると,顧客満足度と企業の利益の関係を慎重に考える必要がある。一般に,顧客満足度は価格を下げることで向上する傾向がある。そのため,満足度を高める最も手軽な方法は低価格の提供であると言える。しかし,利益を確保しながら価格を下げることには限界があり,さらに顧客が低価格を当然のものと認識してしまう可能性もある。特に,低価格を満足の理由とする顧客は,企業に十分な利益をもたらさない可能性がある。

 ある金融機関の事例では,満足度の高い顧客の多くが利益を生んでおらず,満足の要因が特別待遇にあることが判明した。そこで,無料で提供していた特別サービスを有料化したところ,当初はほとんどの顧客がサービスの利用を停止したが,数か月後にはほぼ全員が戻り,対価を支払うようになったという。一度低下した顧客満足度も最終的には元の水準まで回復した。この事例は,低価格による顧客満足度の向上が必ずしも最良の戦略とは限らず,むしろ適正な価格設定によって製品やサービスの真の価値を顧客に認識させることができることを示している。

 二つ目は,顧客満足度が上昇すれば市場シェアも上昇するという考え方である。現実的には,これとは逆の関係があり,顧客満足度が高い企業は市場シェアが低くなる傾向にある。市場シェアが増加する場合,それは顧客層が広がり,企業がターゲットとする顧客層とは一致しない顧客の取り込みによってもたらされることが多い。顧客層が多様化するとニーズも幅広くなるため,様々な顧客の満足度を高めることは難しくなる。ニッチ企業や小規模なブランドは,顧客ニーズに一致した対応がしやすく,高い顧客満足度を得ることができるが,その反面,市場シェアは限られる。

 三つ目は,顧客満足度が高いほど,顧客のウォレットシェアも大きくなるという考え方である。ウォレットシェアとは,顧客が特定の製品カテゴリーに支出した総額に占める,特定ブランドの購入額の比率を指す。一般に,企業は,顧客満足度が上昇すれば,ロイヤルティも高まると考える。しかし,実際にはブランド・ロイヤルティは低下している。現代の顧客は,一つのブランドではなく,複数のブランドにロイヤルティを持ち,支出を分散している。そのため,顧客満足度がウォレットシェアに与える影響は限定的である。

 四つ目は,顧客満足度の上昇がもたらす成果を評価する際,どの指標を用いても結果は大きく変わらないという考え方である。96本の論文に含まれる251の相関関係を対象にメタ分析を行った研究では,株価,市場シェア,収益,利益の4つの指標と顧客満足度との相関関係は弱いものの,株価,収益,利益とは有意な相関があり,市場シェアとは関連しないことが示されている。ただし,株価については,顧客満足度が株価の変動を説明できる割合は1%程度にすぎないとする研究もある。ウォレットシェアもよく用いられる指標であるが,上述したように,顧客が複数のブランドにロイヤルティを持つ市場では適さない。この場合,顧客の考慮集合に含まれるブランドの中で,自社ブランドを第一に挙げる顧客の比率を測ることで,自社の市場での位置づけを把握できる。最近では,販売費を指標とする研究もある。顧客満足度が高くなるほど販売費は低下するが,この関係を企業特性別に見ると,特に多角化した企業や資本集約度,財務カバレッジが低い企業で顕著である。また,市場特性別では,成長率と労働集約度が高い市場で顕著な傾向が見られる。指標の選択と関係性の解釈には十分な考慮が必要であることが示唆されている。

 顧客満足度が低い状態で企業が市場に存続することは不可能であるが,間違った解釈に基づいて顧客満足度向上に取り組むと,企業の財政を圧迫してしまう恐れがある。顧客満足度の向上に取り組む際には,これらの問題を把握し,慎重に検討する必要がある。

[参考文献]
  • Cooil, B., Keiningham, T., Aksoy, L. & Hsu, M. (2007). A longitudinal analysis of customer satisfaction and share of wallet. Journal of Marketing, 71.
  • Keiningham, T., Gupta, S., Aksoy, L. & Buoye, A. (2014). The high price of customer satisfaction. MIT Sloan Management Review, 55.
  • Lim, L., Tuli, K. & Grewal, R. (2020). Customer satisfaction and its impact on the future costs of selling. Journal of Marketing, 84.
  • Otto, A., Szymanski, D. & Varadarajan, R. (2020). Customer satisfaction and firm performance: Journal of the Academy of Marketing Science, 48.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3737.html)

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