世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
戦後を終えた後に描く世界
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.07.28
法要の慣習では五十回忌をもって弔い上げとするという説もあるが,昭和40年代頃までの地主は村の長を引き摺っており,百回忌も珍しくなく行っていた。死者を弔う観念は尊重すべきだが,いつまでも葬祭にこだわっていては近未来を展望できない。昭和史家の保阪正康が「『戦後』を死語にしよう」というコラムを寄せていた(日経新聞6/22付)。戦後80年をもって,現代史の一コマとして位置づけ直そうという趣旨である。また,彼は「江戸時代から現代までの400年」を一つの歴史区分として扱うという視点も論じている。まとまった期間として新たな歴史認識をもって,我が国の在り方を議論しようと提起している。何時までも敗戦史観や終戦直後のひもじさを美化していては,余りに後ろ向きである。自民党政治も大分揺らいでいる様だが,それに代わる有力な政党も形成されていない。あるいはしてこなかった。従って,政策論争などあってないが如くで,政治家の交替はスキャンダルに依存する傾向が強く,我が国は一体どこに向かうのかが全く見えない。
地方の公共交通機関は「空気」を運んでいるのが実態であり,路上では,車から降りれば歩行も危うい状態の80-90歳代のドライバーが珍しくない。これが「自動運転」でどうにかなると考える方が,どうかしているのではないか。中東湾岸の原油タンカー運行がいつ途絶してもおかしくない時代に入っており,エネルギー資源の政策体系も不透明である。業界では電力需要の伸びを予測しているが,災害列島の土地柄を考えれば原子力開発はコスト・ベネフィット面で合理性があるとは思えない。地熱発電の資源量はアメリカ,インドネシアに次いで世界3位と推定されているが,この開発は殆ど話題にはならない。温泉の観光資源より遥かに重要な分野だが,目先の現金収入を優先している様にしか見えない。
そもそも「ペティー・クラークの法則」なるものは経済発展の一歴史傾向・局面は示しているものの,法則と呼べるものではない。確かにイギリスのサービス業は我が国よりも比率が高く80%を越えている。しかし,それをキャッチアップすることが国益を増大することになるのだろうか。トランプの製造業国内回帰策は,これまでの多国籍企業の活動を逆流させる政策であり,自由貿易政策ですら制限しようという大胆な発想である。世界経済やサプライチェーンが相互依存関係を相当程度まで深めている現状に於いて,大転換を図ることは広範囲で摩擦を発生させる。それを踏まえた上での政策論議である。
まして中国は汎アメリカ体制に異議を唱え,「人類運命共同体」「周辺運命共同体」なるスローガンを唱え,欧米型ではない中国独自の世界観を模索している時代である。「偉大なる中華文明の復興」とは,社会主義市場経済論の延長としての国際的強権市場経済の拡張という事になるのだろう。グローバル・サウスは軍事政権やその亜流政権を容認する体制であり,世界の多数の国家体制であるから,中国が描く世界秩序に親和性は高い。これら諸国に対して,国際公共財だ,国際法規の遵守だ,といったところで当の大国は馬耳東風でしかない。毛沢東の著作を読み返せば,実態と政治理念の乖離は誰の目にも明らかである。中国指導部はその慣習から脱却できるはずもない。だから中国共産党なのである。我が国のような村落主催「のど自慢大会」の様な政治活動と,人民大会レベルの政治決定ではその行政的権威に於いて比較にならない。
中国の文人は深い歴史教養を身に着けている人が多く,彼らを介して現在の政策体系の議論を進めるべきである。デイトレーダーの株価変動観測やテクノクラートのみでは大国との交渉や政策論議は出来ない。大型トレーラーと自転車の運転が全く異なるのと同じ理屈である。現代の総力戦は「兵器戦」と「補給戦」の重要性が欠かせないが,それ以上に「思想戦」が要になる。つまり「何のために,誰のために戦うのか」という根本議論である。
大学の定員不足が生じているから留学生をどんどん迎える。人口減少で労働力が不足するから外国人でそれを補完する。農業自給率を高めるためには所得補償を増やすべきだ。等々。数限りないパッチワーク施策。一旦進められた政策の見直しには,それなりに時間がかかる。我々は青春時代に戻れないのと同じく,過去には戻れない。だから「合成の誤謬」を招く様なポピュリズムは極力回避すべきであろう。政治家に哲学論議や歴史学を推奨するつもりはないが,そのブレーンや財界トップにはそれ位は求めたい。さらに具体的には,国家の重要機構や主要企業の本社機能を地方に分散させる必要はないのか。これは政治行政システムの分権化ではなく,むしろ中央集中型促進と一体となって進めるべきであろう。ハードは分散し,ソフトは集中型に統合するシステムである。改めて議論を促したい。保坂氏の「戦後を死語にする」という事はそういうことではないか。
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