世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4050
世界経済評論IMPACT No.4050

中国の人型ロボットの発展現状と将来展望

邵 永裕

(元金融機関 エコノミスト・東京大学 学術博士)

2025.10.27

 IFR(国際ロボット連盟)によると,中国は2013年からすでに世界産業ロボットの最大市場になり,今日に続いている。2023年の中国で導入された産業ロボットの台数は27.63万台で世界全体の51%を占めた。また,同年の産業ロボットの稼働数は175.5万台に達し,世界最大規模となっている。

 その背景には様々な要素があるが,ロボットの需要サイドの直接的な原因として中国の生産年齢人口の減少と都市部労働賃金の上昇が挙げられる。また供給サイドから見ると,近年に至るまで中国ではハイエンドの産業機械または戦略的新興産業としてロボット産業の育成促進策が重要な役割を果たしていることは否めない。要するに,中国は非常に短い期間大きな生産規模と技術能力を持つようになり,国内需要のみならず海外需要にも対応できる実力を備えるようになった。

 2022年11月のChat GPTのリリースにより,生成AIを活用した「知能ロボット」,いわゆる人型ロボット(ヒューマノイド)の研究開発が世界で活発化している。中国政府は,産業ロボット発展の実績を踏まえ,2023年1月に「ロボット+応用行動実施方案」を策定し経済・社会全般におけるロボットの利活用の拡大を推進しはじめた。また同年11月には「人型ロボットイノベーション発展指導意見」を通達し,2025年及び2027年までの最先端ロボット技術開発におけるイノベーションの強化・促進に関する高い目標を打ち出している。

 政府の推進策が追い風となり,中国で人型ロボットの研究開発が広く行われ,試作品だけでなく,商業化生産や自動車工場への導入利用も始まった。2024年は中国の「人型ロボット元年」と言われたように,AI技術に加え,急速に進化する中国の人型ロボット技術が世界的な注目を集めた。市場規模は2024年が27.6億元(約570億円)であったが,2035年には数千億元規模に成長すると予想されている(「時事速報」2025.2.21)。

 市場発展を支える背景には,高齢化社会の拡大によるスマート養老介護の需要拡大や,イノベーションによる製品の質的向上と価格低減が挙げられる。2030年の人型ロボットの単体価格は2024年の54万元から14万元と約4分の1の値段での販売が予測されている(GGII「中国人型機器人発展青書2024」)。この価格低下は人型ロボット製品技術におけるイノベーションの発展成果(特に特許出願・保有件数の急増など)に負うところが大きいことは言うまでもない。また,中国における起業・創業の自由度の高さが同産業発展の重要な背景・要因の一つとも見られている。

 上記のような市場環境の発展により,中国における人型ロボット産業のサプライチェーンは急速に成長し,技術的な優位性とコスト競争力の強化,量産体制の確立ができつつある。目下,中国の人型ロボットを構成する部品の最大90%を国内調達することができ,これがコストを抑える要因となり,企業の参入障壁を下げている。また,充実したサプライチェーンを背景に欧米の同等製品に比べて30%から50%低い価格で提供できるため,市場への普及を加速させる正のスパイラルが生じている。

 地域ごとの支援策も功を奏している。北京,上海,深センなどの主要都市では,人型ロボットやAIの研究開発や商業化を支援する目的で,多額の政府系ファンドが設立されており,官民一体となった投資活動が活発化している。主要産業集積地では一例として次に紹介するような多彩なメーカーが育成されている。

 ①Unitree Robotics(宇樹科技):四足歩行ロボットで知られ,人型ロボット「H1」や「R1」でも注目を集めており,特にR1は87万円程度という低価格で話題を呼んだ。②UBTECH Robotics(優必選科技):人型ロボットやAIを活用したコンパニオンロボットの開発を専門とし,製品は中国の電気自動車企業Nioの生産ラインに導入されている。③Fourier Intelligence(傅利葉智能):2025年にオープンソースの人型ロボット「N1」を発表した企業。④Agibot(智元機器人):小売,家庭,工場などでのデータ収集に力を入れている。⑤Robot Era(星動紀元):人型ロボットを開発するスタートアップ企業の一つ。

 生産供給の拡大に伴い,応用分野の拡大も見られる。製造業ではEV工場などの生産現場での活用が進み,物流や倉庫管理などでも導入が拡大している。今後は低価格化を背景に小売りや家庭でのサービスロボットとしての普及が進むと期待されている。

 生産と応用両面で新たな動きも見られる。例えば,今年9月に人型ロボットに現実世界のタスクを習得させるための世界最大級のロボット訓練センターが開設され,VRやモーションキャプチャーシステムを用いて,産業用タスクの訓練が行われている。またオープンソース戦略を取っている宇樹科技や銀河通用(Galbot)などの企業はオープンソースのAIモデルやコンテキストプロトコルを提供し,業界全体の技術革新を加速させている。

 今後の持続可能な成長に向けては,量産体制確立のみならず,ロボットシステムの信頼性,安定性,安全性,汎用性の向上という課題が横たわっている。また,米国企業などとの開発競争がいっそう加速され,国際的な技術競争の激化にも立ち向かう必要にも迫られている。加えて倫理・法規制についてもロボットの普及に伴うデータプライバシーや安全性に関する統一的な基準やルールづくりの対応策なども強く求められるであろう。

 総じていえば,中国の人型ロボット産業は政府の後押しと各企業の活発な投資で,コスト競争と量産能力で国際的な優位性を確立しつつあり,すでに製造業で実用化が先行し,今後は家庭や小売りなど様々な分野での普及が見込まれている。安定性や信頼性などの技術的深化と国際競争という課題があるものの,今後はサプライチェーンのさらなる拡充と,海外企業との協業や協調などの要請にも然るべき対応が必要となろう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4050.html)

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