世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
データからみる実体経済の変化
(獨協大学 名誉教授)
2025.10.27
中国政府が金融政策を「適度緩和」に転換した2024年9月から1年間が経った。9月1日掲載の本コラムNo.3974では「社会融資統計」と「金融機関人民元建て信用資金収支表」から資金の流れを確認し,金融緩和の効果を観察した。今回は,今年第1~第3四半期(1月~9月)までの実体経済のデータ(商品輸出入額,固定資産投資額と社会消費総額)を使用して,需要面から金融緩和による実体経済の変化を観察してみたい。
まずは,改革開放以後,経済成長を牽引してきた「モノの輸出入」である。去る10月13日,中国税関はいち早く1月~9月,輸出入のデータを発表した。輸出額は2兆7796億4000万米ドル,輸入額は1兆9045億5000万米ドルと目を見張るものであった。トランプ関税による逆境にもかかわらず,ともに前年比8.3%と7.4%増加した。
続いて,投資である。投資は輸出とともに中国の経済成長を支えるもう一つのエンジンである。GDP統計の投資額の発表はまだであるが,「固定資産投資額」でこれを見てみる。国家統計局が10月20日に発表した全国固定資産投資基本状況によれば,1月~9月の固定資産投資額(農家を含まない)は37兆1535億元,前年同期比で0.5%減であった。年末までまだ時間があるが,年率計算でマイナスになるのは天安門事件が発生した1989年(7.2%減)以来である。ここで注意する必要があるのは,0.5%減の内,国有部門は1%増加で,民間部門が強力な産業政策に引っ張られたにもかかわらず3.1%減となっている点である。これは上述の本コラムNo.3974で観察した資金の流れとも符合する。他方,業種別で増加を示した分野を例示すると,自動車製造が19.2%増,鉄道船舶航空とその他の輸送機器製造が22.3%増,電力・ガス・水道が15.3%増となっている。
消費に目を転じると,GDP統計の家計消費額の発表もまだであるので,ここで「社会消費財小売り総額」を使用する。但し,このデータの統計対象には家計だけでなく,政府部門も含まれることに注意する必要がある。国家統計局の10月20日の発表によれば,1月~9月の「社会消費財小売り累積総額」は36兆5877億元に達し,前年同期比で4.5%増となった。最も増加が大きいのは家電と映像機材の25.3%増である。これは今年1月に商務省,財政省,国家発展改革委員会と市場監督総局の四省庁が打ち出した「家電製品買い換え促進補助金給付政策」の効果であろうか。しかし,同時期に推し進められた「新エネルギー車販売促進給付政策」は芳しい効果が得られなかったようである。自動車の小売販売総額は前年比で0.6%増に止まる。ちなみに,1月~9月,自動車販売台数は前年比12.9%増の2436万3000台で,うち,新エネルギー車は34.9%増の1122万8000台に達したという政府報道もある。この販売台数と販売額の不一致に自動車(新エネルギー車)の販売価格が大きく下落したことで説明が付くであろうか。
最後に,税関統計の輸出入額をもう少し吟味してみたい。トランプ関税により,対米輸出は16.9%減となったが,輸出の半分以上を占める対アジア向け輸出は11.1%増となり,特に対ベトナム輸出は22.3%増で,対日輸出を上回ることになった。つまり,トランプ関税に対して,輸出先を広げる対策が功を奏したと理解すればよいのであろうか。もう一点は,輸出入データの信憑性を確認するために,中国税関の対日輸出入額と日本税関の対中輸出入額のデータを照合してみた。輸出統計は,FOB価格で計上されるが,輸入統計は運賃・保険料込みのCIF価格で計上される。つまり,中国の対日輸出額=日本の対中輸入額-運賃・保険料などなので,両者の間に運賃・保険料などに相当する差額が生じる。
2005年から直近(財務省ドル建て輸出入データの更新は2025年8月まで)まで,日本の対中輸入額-中国の対日輸出額の差額は年間約150億米ドルから300億米ドルの間で推移し,差額は最も大きいのは2012年の374億米ドルで,その後は減少傾向にあり,2024年は158億元まで減少した。2025年1月~8月は111億米ドルである。これに対して,中国の対日輸入額-日本の対中輸出額の差額は200億米ドルから400億米ドルとの間に推移し,最も大きいのは2021年の414億米ドルであった。この差額に対する輸出入額変化の要因を除くために,輸入額に対するこの差額の比率を見ると,中国側は2012年までおよそ20%前後推移したが,2012年以降,低下し,2022年から9%台まで下がった。これに対して,日本側は一貫して20%台で推移している。つまり,中国の対日輸入額-日本の対中輸出額の差額には大きな変化が見られないが,日本の対中輸入額−中国の対日輸出額の差額は縮小傾向にある。この違いと変化をどう解釈しようか。運賃・保険料など下がったのは一つの解釈になるであろう。もう一つの解釈は日本の対中輸入額は過少計上されたか,中国の対日輸出額が過大計上されたということである。
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