世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3974
世界経済評論IMPACT No.3974

データから見る金融緩和の効果

童 適平

(獨協大学 名誉教授)

2025.08.25

 2024年9月に,中国は金融政策を「適度緩和」に転換させ,さらなる通貨の増発を加速し,金融環境をいっそう緩和して(詳細は8月4日掲載の本コラムNo.3920を参照)から,速くも一年弱が経つ。増発した通貨は思ったように,そしてどのように実体経済に流れたか,中国人民銀行が定期的に公表する「社会融資統計」の月次データを用いて観察してみたい。

 「社会融資統計」は,金融部門から実体経済への資金流入を見ることができる統計であるが,銀行貸出しだけでなく,債券と株式発行,信託融資,手形融資など,網羅的に資金の流れを捉えるためどうしても細目のデータが不足する。これを補うために,貸出先別,期間別貸出しなど細目まで公表している「金融機関人民元建て信用資金収支表」(以下,収支表)を合わせて見ることにした。

 8月13日に公表された今年1月~7月の「社会融資統計」によれば,1月~7月,新規社会融資は23兆9907億元に上り,前年同期より5兆1222億元の増加で,増加率にすれば,27%強になる。実体経済への資金流入が増加したが,「社会融資統計」の主要項目である新規貸出は12兆3067億元で,前年同期の12兆3759億元より692億元減少した。中でも,7月の減少幅(4296億元減)が特に大きい。過去のデータを調べてみると,7月は銀行貸出が比較的少ない傾向があるが,減少はほとんど見られない。今年の減少は去年7月(890億元減)に続いて2回目であることが分かった。つまり,社会融資規模は拡大したものの,新規貸出は縮小したことになる。

 「社会融資統計」の二番目に大きい項目は政府債券発行である。1月~7月,政府債券の新規発行額は前年同期の4兆0270億元から8兆9042億元に急増した。社会融資の増額(5兆1222億元)は政府債券発行の増額(4兆8772億元)でほぼ説明できる。これは後述する収支表からも確認できた。1月~7月,金融機関の債券投資(企業債券も含む)は前年の3兆1107億元から7兆6690億元へ,4兆5583億元増加した。

 このように,少なくとも現時点で「適度緩和」金融政策により増発された通貨は主に政府部門に流れたと考えることができる。

 続けて,「収支表」を見てみよう。7月現在,その国内貸出残高は268兆5100億元である。上記の「社会融資統計」のフローデータと照合する場合,この残高のデータをフローデータに調整する必要がある。24年末の国内貸出残高(255兆6778億元)を差し引くと,今年1月~7月の新規貸出は12兆5036億元になる。「社会融資統計」の新規貸出と約2000億元の違いが生じたのは,「社会融資統計」は金融部門から実体経済へ流入した資金だけに対して,「収支表」のそれは消费金融会社,理財会社と金融資産投資会社など一部の非銀行金融機関への資金流入(貸出し)も統計対象であるためである。

 「収支表」の新規貸出は更に対家計(自営業と零細企業も含む),対非金融法人企業と対非銀行金融機関に分かれ,今年1月~7月それぞれ6808億元,11兆5871億元と2357億元であった。前年同期実績の対家計(1兆2602億元),対非金融法人企業(11兆1092億元),対非銀行金融機関(5957億元)と比較し,それぞれ5794億元減,4779億元増,3600億元減となった。その結果,新規貸出に占める比率はそれぞれ9.7%,85.7%,4.6%から5.4%,92.7%,1.9%へと変わった。

 更に,対家計貸出は短期と中長期に分かれ,さらにそれぞれに消費用と経営用の分類がある。「収支表」によると,対家計新規短期貸出は3341億元減少した。これは主に新規消費用貸出の減少(3974億元減)によるもので,新規経営用貸出はかろうじて633億元を維持したが,前年の5183億元と比較すると大幅の減少となる。対家計新規中長期貸出の総額に大きな変化はないが,新規消費用貸出は3兆7260億元で前年実績の2兆5464億元より増加したが,新規経営用貸出は6兆8981億元で前年の8兆2029億元より減少した。

 一方,対非金融法人企業新規貸出総額に顕著な変化はないが,新規短期貸出は2兆5464億元から3兆7260億元へ増加し,新規長期貸出は8兆2029億元から6兆8982億元へ縮小した。

 以上のデータからまとめると,①マクロ金融政策が緩和され,増発した通貨は主に政府部門に流れた。②金融機関新規貸出はほぼ横ばいであるが,家計から非金融法人企業へ資金がシフトした。特に中長期の消費用貸出を除いた対家計新規貸出の減少が目立つ。これは家計の借り渋りによるものか,金融機関の貸し渋りによるものか不明であるが,どちらも先行きに対する悲観的な見方による行動である。同じことは対非金融法人企業新規中長期貸出の減少も説明できるかと思う。金融政策の効果を見るのにはまだ時間が必要かもしれないが,トランプ関税による輸出先の不安と不動産価格の底値が見えない現状では,大局を挽回することはあまり期待できないであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3974.html)

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