世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4053
世界経済評論IMPACT No.4053

四中全会:十五次五ヵ年規画とポスト習政権

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2025.10.27

 10月20日から23日にかけて北京で党中央委員会第四回全体会議(四中全会)が開催された。メインテーマは来年から始まる第十五次五ヵ年規画の草案審議だが,2022年から続く一連の粛軍の総括がどうなるかも注目された。軍高官人事と絡んで,習近平総書記の後任選びの進捗も密かな関心を集めた。

 四中全会を観察していてまず気づいたのは,出席した中央委員および中央委員候補者の数が従来に比べ大きく減っていたことだ。中央委員168名,同候補者147名の出席を数えたが,三中全会(199名,165名),二中全会(203名,170名),一中全会(204名,172名)と比べると,中央委員で30名,同候補で20名前後減少している。四中全会では14名の軍の中央委員が除籍処分を受けたが,それに加え,「処分待ち」の中央委員・同候補が20~30名もいることになる。ちなみに中央委員の除籍は,定足数を満たした出席者の2/3を以て可決される。党中央において何か大きな変動が起こっていることが自ずと窺われる。

 四中全会では,唐仁健(元農村・農業部長),金湘军(元山西省々長),李石松(元雲南省々長),杨发森(元党法政委員会書記),朱芝松(元上海市常務委員)の5名のシビリアンに加え,何衛東(陸軍上将,党中央政治局員,元党中央軍事委員会副主席),苗華(党中央軍事委員),何宏軍(党中央軍事委員会政治工作部副主任),王秀斌(党中央軍事委員会連合作戦指揮センター副主任),林向阳(元東部戦区司令),秦树桐(元陸軍政治委員),袁華智(元海軍政治委員),王春寧(元ロケット軍司令),張風中(元武装警察司令)の9名の上将レベルの除籍が正式に決まった。いずれも,贈収賄を含む重大な規律違反により,四中全会以前に党規律委員会および司法部により有罪が確定していた身分である。また,除籍された軍トップの中には,習近平総書記が福建省勤務時代に刺を通じ,その後彼に引き立てられた軍高官(林向阳上将)も含まれている。14名もの処分は,習政権一期目(11名)を超える。

 何衛東元副主席の後任には党中央軍事規律委員会書記の張昇民上将が就任する。まだ公表されていないが,その他の委員には郭普校空軍上将,李風彪(西部戦区司令)の名前が挙がっているという。党中央軍事委員会メンバーのなかで数少ない「無傷」の張又侠副主席については今年75歳という年齢もあって,その処遇も関心を集めているようだ。

 粛軍の背景には,軍の底知れない腐敗があるといわれる。中国の軍事費は2025年で1.8兆円。日本の4.2倍であり,しかも前年比7.2%増加しており,経済成長率を上回る。巨額の予算を擁しているがゆえに,腐敗も生まれやすい。とくに,高額な先端兵器を扱うロケット軍の腐敗は底なしという。戦って勝てる軍の構築を目指す習政権にとって軍の腐敗は許しがたかったのだろう。「河清百年を俟つ」ことは許し得なかったわけだ。

 それにしてもなぜ,この時期に粛軍が行われたのか。筆者は,その背景に政権交代を見据えた流れもあるのではないかと考えている。そもそも2012年に習近平氏が総書記に就任したのは,江沢民氏と胡錦涛氏の妥協の産物だったと言われる。江沢民氏は,胡錦涛氏の出身母体である共青団を嫌っていたと言われる。思想的なエリート集団である共青団をバックとした胡錦涛氏は,これに配慮し,結果的に習近平氏が総書記に選出された。そのときの申し合わせは,習近平氏の後継を共青団出身者で,若く能力のある胡春華氏にするというものだったという。北京大学を卒業後,共青団の青年幹部として,チベット勤務を志願,現地に20年近く留まった。中央に戻った後も内蒙古自治区や河北省の書記を務めるなど,「僻地」勤務が長い苦労人でもある。その意味,李克強氏が総理に就任したのもその地ならしだったと見ることもできよう。

 しかし,発足した習政権を待ち構えていたのは,党の崩壊にもつながりかねない様々な問題だった。底なしの腐敗,環境汚染(2010年代前半のPM2.5の濃度はすさまじいものだった)は深刻であり,ハイパーファイナンスによる不動産開発業界の肥大化と住宅価格の高騰は,持続不可能なレベルに達していた。また日の出の勢いのプラットフォーマーの躍進は,米国をも上回る多くのビリオネアを産み,これらの民営企業家は党・国家の勢力を凌ぐ勢いを見せるようになった。さらに,2020年に発生したコロナ禍と過酷な「ゼロコロナ政策」や,「三条紅線」の発動を期に起こった不動産開発業界の崩壊は,中国経済を冷え込ませた。一方で新エネルギー車,電池,再生可能エネルギーといった「三新」経済は,大きな成功をおさめているものの,過剰生産能力と過当競争(内巻)を伴うものだった。これに加え,オバマ政権はアジア・ピボット政策を打ち出し,高成長を続ける中国の「封じ込め」を指向するようになった。そして2017年にはトランプ1.0が発足し,米中貿易戦争に繋がっていった。後任のバイデン政権は,これをさらに拡大し,技術面での中国封じ込めに踏み切った。トランプ2.0では米中関税戦争が勃発し激しい攻防が繰り広げられている。まさに内憂外患である。

 これらの問題に対処するには,10年の任期では足りない。その判断が異例の三期目続投につながったのだろう。そして,「習一強」とも言われる党トップへの権力集中は,問題解決を断固として進める上で避けて通れないプロセスだったことは間違いない。

 しかし,三期目の半ばを過ぎた習政権は,13年間の治世を通じ,党・国家の崩落を抑え込み,「質の向上」を目指した産業・社会のパラダイムシフトを推進することにより,これらの危機を克服しつつあると同時に,将来の発展のロードマップを示すことができるようになった。国内では前述の三新経済に加え,AI,ロボット,低空経済といった先端産業が勃興し,米国に肉薄している。さらに,半導体の自主開発の促進に成功し,精錬レアアースの世界生産シェア90%という強み,さらには,米国にとって最大の農産物輸出国という強みを梃子に,トランプ2.0との関税戦争を有利に進めている。

 四中全会で議決された十五次五ヵ年規画は,今次規画で謳われた「質の向上」を更に加速させるだけでなく,その過程で生じている就業問題や「内巻」問題の解決にも踏み込んだものとなっている。それが,「モノへの投資」と「ヒトへの投資」の密結合であり,サービス産業の発展促進を梃子とした消費拡大である。とくに,「ヒトへの投資」は,新中国建国以来初めて登場したコンセプトである。

 習政権は,発足時に直面した様々な課題を一定程度克服したといえる。十四次五ヵ年規画が始まった2021年は中国共産党結党100周年にあたる。その意味,今次規画と来年から始まる十五次五ヵ年規画は「次の百年」を見据えた「橋渡し」のような位置づけになると言える。習政権にとっては襷をつなぐ良いタイミングともいえる。

 ただ,政権交代はそう簡単なものではない。習一強で固めた政権中枢には膨大な数の利害関係者がいる。これにつながる地方政府の関係者も含めれば,気が遠くなるような利害の調整や再編成も必要になる。へたをすれば治世の混乱も生じかねない。混乱の種の排除が氷山の一角のように現れたのが四中全会で決議された14名に上る中央委員の処分であり,これは,習政権の残り2年間も間歇的に続くと思う。

 そしてその過程で後継者の姿が現れてくるだろう。それは誰か? 外れることを承知で,敢えて言えば,2022年に党中央政治局員から中央委員に格下げされた,政協商会議の副主席というどちらかと言えば奔流から外れたポジションに追いやられた,前述の胡春華氏となる可能性が高い。習政権発足時の「次は胡春華」という古証文がようやく日の目を見る。胡春華氏は,広東省書記勤務時代,数度にわたって習政権に忠誠を誓う旨の手紙を書いたと言われる。また,チベットでは三峡ダムの規模を凌ぐ,1.2兆元の膨大な予算を投じるプラマプトラ河の超水力発電所の建設も始まった。きさくな人柄と腐敗を無縁の質素な生活から国民の人気も高いようだ。それと併せて,党中央政治局常務委員も,7名から習政権以前の9名に戻される可能性が高い。2026年の五中全会で,常務委員を9名に増員し,胡春華氏がそのポジションに就く。もう一名は党中央軍事委員会の張又侠副主席。そして2027年の第二十一期第一回党中央委員会において,胡春華氏が総書記に就任するというシナリオである。政権移行をスムーズに行うため,習近平氏が,国家主席にしばし留まるということもあり得るだろう。ロシアのプーチン大統領を始め,世界主要国の要人との関係を築いた習近平氏の存在感は無視できない。

 四中全会のコミュニケとそれに関わる諸々の周辺情報を仔細に見てゆくと,こんなシナリオが浮かんでくるのだ。中国の政権交代は,長い時間軸を意識した壮大なスケールで準備が進んでいる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4053.html)

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