世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国 就職崩壊~構造的な失業問題は解決できるか
(多摩大学 客員教授)
2025.07.14
就職崩壊
中国の6月は「高考」,すなわち大学入試が行われる。例年であれば各地の高校で受験生の「出陣式」が盛大に行われ,メディアの紙面(あるいは画面)を飾るのだが,日々,中国メディアを見ている限り,今年はそうした記事をあまり見かけない。大学に入ることが必ずしも「立身出世」につながるわけではないことが浸透してきたのではないだろうか。むしろ,苦心惨憺して大学など行かず,高卒で就職する方が大卒の肩書を持つよりも有利ではないかという見方も強まってきたのではないか。
コロナ禍,不動産バブルの崩壊,そして米中関税戦争という三重苦を中国は克服しようとしている。その梃子となっているのが,半導体,AI,ロボット,新エネルギー車,低空経済などの発展という「第四次産業革命」である。中国の第四次産業革命の特徴は,技術進歩を社会に「包摂」することだと思う。つまり,技術進歩の果実を,それを主導した企業が独占するのではなく,その技術を社会インフラ建設にも活かし,実装分野を拡充することにより,恩恵を国民全体で共有する仕組みを構築することだ。
総じてみれば,この構想は至当であるが,問題は2つある。まず,そうした人材の育成と高等教育の実情に大きな乖離があり,深刻な構造的失業が現出していることである。教育が産業・社会そして企業ニーズの変化のスピードについていけないわけだ。次に,大学進学者数が右肩上がりで増加していること。今年の新卒者数は1,222万人と過去最高である。進学率は80%に達しつつある。しかも,新卒者数は少なくとも2040年までは増加傾向を辿るとの予測もある。需給のアンバランスは年々大きくなっており学歴の価値の低下は進むばかりだ。
昨年の新卒者の就職状況は「氷河期」と言われたが,今年は「崩壊」とも言える状態にある。これまでの就活の常識が通じなくなり,学歴の価値が意味をなさなくなりつつあるためだ。抖音などのSNSでは,「修士課程を卒業したものの,仕事がまったくない」,「結局,哈爾濱の自動車工場に就職が決まったが給与はたった3千元」,「エントリーシートを200社に送ったが面接に漕ぎつけたのはたった3社だった」,「なにをやっても無駄なので,とりあえずフードデリバリーのバイトで凌ぐしかない」,「月給3千元の職を巡って北京大学の博士課程卒と地方大学卒が競争している」といった悲鳴があふれている。
構造的に拡大する失業
専門学校を含む大卒者数は,2020年の874万人から年々増加し,2025年は,前年をさらに43万人上回った。一方,上場企業の新規求人数が,逆に年々減少している。不動産開発関連,ITプラットフォーム企業の新規採用が減っているためだ。ホワイトカラーの需要も減少している。塾規制により教師の職も激減している。上場企業の2020年の新規求人数は170万人だったが,2024年は30万人を切った。2020年であれば,2割近い新卒が上場企業に就職できたのだが,2024年にはわずか2%となってしまった。中堅中小企業の求人意欲も弱い。専門能力がない,すぐ辞める,といった経営者の愚痴も聞こえる。
昨年の就職率は55%だったが,今年はそれをさらに下回る可能性が高い。修士・博士課程修了者の就職率は更に低く33%に留まっている。就職活動期間も,この5年間で3か月から7か月に伸びた。就職できなかった学生はアルバイトで食いつなぎながら,職探しを続ける。大学に入りなおす者も増えている。いわゆるリスキリングだ。既存の学歴価値は大きく低下している。
就職難は,社会不安にもつながりかねない。2022年の新卒者数は初めて1千万人を超えた。167万人の増加である。しかも,コロナ禍により各地でロックダウンが行われていた時期でもある。この時に起こったのが若者による「白紙運動」だった。微信に投稿された雇用に関するブログは,不穏当なタイトルの場合,相次いで削除されている。メディアが伝えるのは,就職難ではなく,就職機会の方だ。党・政府は,極力失業率を低く見せようとしている。一昨年の12月から19~24歳の失業率から在学生が除かれ,これによって失業率そのものは5%削減された。就業者については,非常に甘い定義がなされている。すなわち,①16歳以上で,毎月の調査期間中に報酬または事業利益のために1時間以上の労働に従事した者,②調査週に勉強,休暇等により一時的に仕事をしていないが,仕事単位または場所がある人,③または,仕事や休暇の一時的な停止,単位不況休暇などにより,調査週中に一時的に仕事がない状態にあるが,3か月未満の人。要は1時間でも仕事をしていれば就業者と見なされる。リストラされてもそれが3か月未満であれば就業者扱いとなるわけだ。
厳しい就職環境であるがゆえに,採用に関わるスキャンダルも起こっている。就職先として鉄板の人気を持つファーウエーでは,この5月,人事担当者が,金銭と引き換えに就職希望者に採用試験の追試をアレンジしたり,試験問題ともなる会社に関する内部情報を提供していたことが発覚した。おそらくこれは氷山の一角だろう。
需要と供給のバランスは取れているが
2025年,新卒者募集数は,前年比1.8%増とされている。全体としてみれば需給バランスはほぼ取れているように見える。しかし,その中身を見ると,IT業界は30%もの減少となっている一方,製造業では1千万人規模の人材不足が発生している。とくに,深刻なのがAIのアルゴリズム・エンジニアや,新エネルギー車の開発エンジニア,ロボットの開発・製造に関わるエンジニアであり,AIだけに限ってみても,500万人の人材が不足しているという。
就活者の希望や資質・能力と採用側が求める条件との乖離は極めて大きい。就活者が求めるのは高い給与,安定した職場,ライフ&ワーク・バランスといった順序になる。そもそも,どんな職についたら良いかもわからない学生も少なくない。大学進学率は80%になんなんとしている。大卒者の全てが優秀な人材というわけではない。しかも,新卒者数は今後もさらに増えるという予測もある。大卒者数が減少に転じるのは2040年からという見方だ。
一方,採用側が求めるのは即戦力であり,複合的な専門能力である。専門人材が圧倒的に不足しているので,採用側が求める条件に合致した人材には高額の給与が支払われる。AIのアルゴリズム・エンジニアの新卒年収は50万元である。NEVメーカーの場合,バッテリー開発人材に要求しているのは材料工学と工業デザインであり,年収は30万元を超える。上海のハイエンドの家政サービス業では英語能力は必須である。外国語ができ,家政や家計全般に通じた家政サービス従事者の中には,年収100万元を得るケースもあるという。高齢者介護では,機械工学,老年心理学といった能力が求められるようになっている。それゆえに,マッチング率は20%に過ぎないと言われる。こうした人材が得る給与は一般に30~50%上乗せされるそうだ。とくに注目を集めているのが高能力ブルーカラー職である。広東省が認定した溶接工の月収は1.5万元という。
ただ,こうした即戦力となりえる知識や技能教育は,大学では十分提供されていないようだ。大学で教えられる太陽光発電技術は一世代前のものであるという。最新技術の知識を持った教師そのものが不足している。“双一流大学”ともなれば,企業と提携し,提携先に人材を送り込むのと引き換えに企業ニーズに合致した教育を行うことができるが,一般の地方大学にとってハードルは高い。このため,企業と地方政府が共同で職業技術学校を立ち上げるケースも増えている。「政・校・企」三位一体の職業教育である。例えばBYDは2023年に比亚迪産業学院を江西省に設立したのを皮切り,湖南省,広西省,安徽省,内蒙古自治区に相次いで展開している。目的は3年間で10万人のNEV・電池の開発,製造,メンテナンス人材を育成することだという。この学院の卒業者はBYDに優先的に採用され,給与は月額1.5万元と4年制大学新卒の平均給与約6千元を大きく上回る。こうした職業訓練学校の設立は,大学教育に取って代わる実践的な職業訓練の場として,今後,さらに増えてゆく可能性が高い。また,こうした動きは既存大学の統廃合にもつながってゆくだろう。
文系就労者をどうするか
しかし,課題はまだ残る。文系学生の就職先がAIの普及に伴いますます限られてゆく傾向がみられることだ。この結果,「学歴下沈」という現象が顕著になっている。フードデリバリーサービス従事者は1,500万人に増加し,大卒者の占める割合は15%に達しているともいわれる。アルバイト・非正規労働従事者は2.4億人に上る。
政府は,「新経済・新社会・新就業」の「三新」経済の質的向上を目指している。中身は,フードデリバリー,宅配,ネット予約タクシー,動画配信といった仕事である。質の向上は2つある。一つは,これらの職種の安心・安全・安定確保であり,雇用主には労働契約の締結や社会保険加入を義務付けている。労働契約を締結し労災保険に加入しているのは50%に満たないのが現状だが,これを更に引き上げなければならない。もう一つは,「体面」である。大卒という学歴に価値を認める父兄はまだまだ多い。これらの仕事を「三新」と呼ぶのは「学歴下沈」とみなされないようにするためだろう。
第四次産業革命が進展する中,その恩恵からはじき出される人々をいかに包摂してゆくか。新卒者が当面増加傾向を辿ることが予測されている中,「三新」経済の質の向上は,中国の党・政府にとって最大の政策課題の一つとなっている。
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