世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
全人代で謳われた「積極有為」:第四次産業革命をリードする
(多摩大学 客員教授)
2025.03.31
トランプ氏の「関税棍棒」旋風が世界を席巻し,ウクライナ戦争では,一方の当事国であるウクライナや,同盟国であるNATO諸国の頭越しに米露停戦協議がトランプ氏によって提案されるなど,緊張感と先の読めない状況の中,3月5日,全人代が開幕した。
李強首相による政府工作報告は1万8千字に及ぶ。昨年の回顧では,「外圧と国内の難問題」に直面した1年を,「先高・中低・后揚」で乗り切ったと簡潔な総括がなされた。「后揚」とは昨年9月26日に実施された,株式市場への資金注入,金利引き下げなど一連の金融緩和政策と不動産市場へのテコ入れ,そして慎重さをかなぐり捨てた大胆な財政政策である。これらの政策が打たれなければ,通年の成長率は4.7%程度に留まっただろう。結果的に,政府目標である5%の成長率は達成された。しかし,「外部環境の変化がもたらす悪影響はますます深刻化し,中国に長く蓄積された根深い構造的矛盾が集中して顕在化し,内需の低迷や期待の低迷などの問題が絡み合い重なり合い,地方の洪水などの自然災害が頻発し,経済社会の安定的な運営を維持することが難しくなっている」との厳しい状況認識も率直に示された。数値目標達成を手放しで評価する気配は微塵もない。まさに,薄氷を踏む思いでの目標達成だったと言える。
今年の政府工作報告において使用された単語で最も多かったのが「発展」であり,次が「科技創新」,三番目が「経済」。昨年を上回った単語は,「科技創新」,「経済」,「民生」,「改革」,「市場」,「就業」そして「消費」と「穏定」だった。頻度の高い22のキーワード総数は全文の1割を超える2千字近い。頻度がもっとも増えたのが「消費」であり32回に上った。経済発展を実現するためには,科学技術の創新が最も重要であり,そのためには市場の活性化と改革のさらなる推進を実行しなければならない。それによって,全方位での消費拡大,民生向上と就業の安定を実現する,というストーリーになる。
これは今年の政策目標にかなり詳しくかつ具体的に落としこまれている。まず,マクロ目標を見ると,経済成長率は昨年同様5%前後と設定されている。消費者物価上昇率は前年より1%引き下げられ2%と前後とされた。都市部の新規就業者数は前年並みに1,200万人とされ,失業率も据え置かれた。脱炭素化促進のためのGDP単位あたりエネルギー消費量は3%削減とされ,3年ぶりに引き上げられた。貿易については従来「安定と質の向上」が掲げられてきたが,今年は,トランプ関税旋風とこれに対する各国の報復関税が相次いでいることから,方針設定は見送られた。
次いで財政を見ると,「更なる積極財政」が掲げられ,政府財政赤字のGDP比は前年の3%から4%に引き上げられた。昨年,期間50年の超長期国債が1兆元発行されたが,今年はそれを上回る1.3兆元となり,加えて5千億元の特別国債も発行される。土地使用権売却収入の落ち込みに伴う財政難と城投公司の不良債権処理を加速するために,地方政府のプロジェクト遂行のための専考債発行額は4.4兆元に増額され,これに加え,城投公司の債務の債券化のため2兆元が投じられる。城投公司の債務総額は14兆元と見込まれているが,すべてが不良債権ではない。今後3年間に亘って4兆元程度の資金をつぎ込み債券化が進められる予定だ。こうしたマクロ目標,財政目標を支えるため,金融緩和措置が更に継続される。金融政策は2020年以降,緩和の度合いを年々強めている。経済成長の足を引っ張っていた,不動産不況や地方政府の財政問題を今年中に抜本的に解決しようという強い意図が感じられる。
上記問題の解決には5年弱ほどかかった。その間,経済・産業のパラダイムシフトが進んだ。2025年は,これをさらに加速し,「第四次産業革命」元年にすると党・政府は意気込んでいる。経済・産業のインテリジェント化である。NEV(新エネルギー車)への生産シフト,IoTの加速,AIやロボット導入の促進,さらには,ドローンによる物流網の拡充や空飛ぶタクシーの普及を内容とした「低空経済」といった新産業,未来産業の育成支援が図られる。NEVについては,今年の生産目標が1,300万台に設定された。浸透率は60%である。AI技術開発の62%が自動運転システムに向けられている。自動車も電動化のレベルからロボット化に向けて更に開発を加速している。人型ロボットの技術向上も目覚ましい。今年4月には北京において,人型ロボットによるハーフマラソン大会が開催される。最低速度は秒速2メートル。前転ができるロボットも登場した。先端半導体調達が制約を受けるなかでChatGPTの性能を上回るAIアシスタントを開発したDeepSeekの登場は,中国におけるAIの実装を爆発的に拡大させつつある。世界最大の製造業生産力と14億人の市場を擁し,5Gネットワークが全土に普及した中国には,AIやロボットの活用方法が無限にある。インテリジェント化は中国産業の宿痾とも言える低生産性問題や少子高齢化に対する抜本的な解決につながる可能性がある。そして経済・産業のインテリジェント化を更に促進するため,6Gの通信技術導入も積極的に進められている。
今年の全人代のエッセンスは「積極有為・自立自強」の8文字で表すことができる。やるべきことに積極的に取り組み,中国の自立と強国を促進する,という意味だ。問題の所在はわかっている。解決策もある。あとはスピード感をもってやるだけだ,というのが「積極有為」の意味だと思う。では,どうやってやる気を起こさせるのか。これについて,党中央常務委員の王滬寧氏は,政治協商会議の閉幕式のスピーチで,「四つの結束」をよびかけた。すなわち,民心の結束,コンセンサスの結束,知恵の結束,そして力の結束である。この背景には内外状況の緊迫と,成長し豊かになったが故の多様性の広がりがあるのではないだろうか。
王滬寧氏は,江沢民,胡錦涛,そして習近平3名の総書記に30年以上仕えてきた党きってのイデオローグであり,各政権のテーマを設定に関与してきた。江沢民時代は「三つの代表」,胡錦涛時代は「科学的発展」,そして習近平時代は「中国の夢」である。それぞれの政権の目指すべき姿を,その時々の経済・社会・国際情勢をもとに簡潔なスローガンに仕立て上げてきた。彼が言う「四つの結束」は,まさに,上記の精神論に基づき,今の中国の党,政府,企業,国民を改めて糾合しようという目論見を表している。
2025年は第十四次五ヵ年計画最後の年となる。この成果をもとに来年から始まる第十五次五ヵ年計画の策定作業が進んでいる。目指すは第四次産業革命をリードすることだ。「四つの結束」はこの節目の年に,改めて陣形を強化しようという「檄」といえる。
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