世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3835
世界経済評論IMPACT No.3835

トランプ関税ショック:第一ラウンドは中国の勝ち

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2025.05.19

弱い犬ほどよく吠える

 実質的なデカップリングといえる。4月2日,トランプ大統領は「国際緊急経済権限法(1977年施行)」に基づく,全世界の国・地域を対象とした相互関税を実施すると発表した。中国に適用されるのは34%。3月に適用された対中追加関税20%と合わせると54%になる。それからわずか十日間で,報復合戦は過熱し,米国の対中輸入関税は145%に,中国側は125%となった。この間,株式市場では先行き懸念が強まり,4月6日,米国株価は暴落,5兆ドルの時価総額が吹き飛んだ。その後株価は回復したものの,市場は不安定な動きを続けている。

 米中双方の対応を見て気づくのは,米国側が判で押したように関税率引き上げの一本槍で攻めているのに対し,中国側は,米側の痛点ともいうべきところに,的確なパンチを放っていることだ。掛け金を引き上げることによってゲームから相手を降りさせようとしているのがトランプ政権であるが,実はオウンゴールとなりかねない。

 まず,中国製品に対する米国の輸入依存度が極めて高いことだ。米国で消費される電子レンジ,LED照明機器の90%以上,スマホや扇風機の80%が中国で製造されている。アマゾンが販売する商品の70%が中国製品である。パソコンも70%が中国製だ。便器も50%が中国製である。トランプ関税が米国内販売価格に反映されるのは6月頃からだが,そうなるとこれらの製品価格は倍以上になる。相互関税が発動されるや否や,米国では家電製品のパニック買いが広がったと伝えられている。中国製TVは品薄状態に陥り,量販店を数件回ってやっと手に入れた消費者もいると,ウォールストリートジャーナルが伝えた。乗用車販売台数もトランプ2.0以前の月間120万台から以後は130万台を超えている。トランプ1.0の時に行われた対中輸入関税引き上げにおいて,引き上げ分の92%が米国の消費者に転嫁された。トランプ大統領の関税棍棒が直撃するのは米国の消費者である。

 次に,中国の対米輸入依存度は,トランプ1.0での第一次米中貿易戦争以降,趨勢的に低下している。中国のGDPに占める米国からの輸入シェアはこの10年間で9%から6%まで低下している。その一方で,2021年のRCEP発効を機に加盟国との貿易額は増加している上,アフリカや中南米との貿易も増加傾向にある。仮に対米輸出の減少は矛を収めさせるだけのマグニチュードはないだろう。トランプ1.0の時,米国産大豆の関税率が引き上げられた結果,中国内では大豆滓が不足するという事態が起こったが,以後,ブラジル産大豆へのシフトが行われた。食糧の増産も図られており,昨年の穀物生産は7億トンと過去最高水準となった。エネルギーも,天然ガスではロシアからの安定供給が続いていることに加え,カタールからのLNG,サウジの原油など「頼れる」供給国を確保している。中国が米国から輸入するLNGのシェアは2021年の11%から昨年には6%まで低下している。

 最後に,半導体など先端技術分野において,中国の対米キャッチアップが猛烈な勢いで進展している。ファーウエーは2ナノメーターの半導体開発に成功したと言われる一方で,家電や車載用のレガシー半導体の世界シェアは30%を超えた。1月にリリースされたDeepSeekのAIアプリの性能はChatGPTを凌ぐ。車載用電池も中国製が圧倒的であり,全固体電池も量産体制に入りつつある。ドローンの世界市場シェアは70%に上る。ウクライナ軍が使用しているドローンの部品は殆どが中国製ともいわれる。

 急所を握っているのはむしろ中国である。弱い犬ほどよく吠える,と言われるが,トランプ政権の常軌を逸したようにも見える,対中輸入関税引き上げは,エスカレーション・ドミナンスが米国側にあるという思いこみに加え,他に交渉カードを持たないという米国の弱みの裏返しであるともいえる。

多数のカードを持つ中国

 一方の中国は,関税引き上げ以外に,多数の交渉カードを持っている。

 貿易収支ばかり問題視するトランプ政権だが,サービス収支は中国側の赤字である。中国の対米サービス輸入額は昨年550億ドルにのぼった。収支は中国側の320億ドルの赤字で,中国の貿易黒字1割に過ぎない。しかし,これには,在華米系法律事務所,会計事務所,コンサル会社が稼ぐフィー,製造業の子会社が親会社に支払うロイヤルティー,ハリウッド映画の配給料,そして在米留学生が支払う授業料が含まれる。中国政府はすでに国内でのハリウッド映画の上映の制限に動いているし,留学を検討している学生は,米国よりも英国を選好し始めている。ロイヤルティーや利益送金には,外貨管理局の認可が必要であり,そのためには税務調査を受けなければならない。

 また,在華米国企業の売上も。在華米国法人の売上と在米中国法人の売上の差額は,2022年で4,905億ドルの米国側の黒字であり,同年の米国の対中貿易赤字額3,800億ドルを上回っている。米国企業が中国で作って内外で売る,あるいは口八丁手八丁でフィーを稼ぐ金額が貿易赤字よりも多いのである。対中貿易赤字のかなりの部分が在華米国企業の輸出と見ても良い。在華米国企業を「締め上げれば」貿易赤字問題は大きく軽減されるという見方もできる。税務調査や不正競争防止法に基づく査察,様々な許認可取得手続きの厳格化,米国企業の中国外でのM&Aの審査強化など,米系企業の活動に「法による」制限を加える方策は少なくない。

米国の孤立化を図る

 世界第2位の経済大国となった中国の国際的影響力も無視できない。4月中旬,習近平国家主席はマレーシア,カンボジア,ベトナムのASEAN三か国を訪問した。ベトナムは,米国からの輸入関税をゼロにする,あるいは,ボーイングの旅客機を大量購入するといった譲歩案を提示し,「お目こぼし」を得ようとしているが,こうした動き釘をさすの目的もあったのかもしれない。マレーシアは今のところ静観の構えだが,ASEANのリーダーであるシンガポールやインドネシアと連携し域内貿易の拡充を目論んでいる。AEAN最大の2億人の人口を有するインドネシアには十分な内需拡大の余地もある。カンボジアには更なる中国の経済支援が図られるだろう。4月,中国の対ASEAN輸出は20%を超えた。中国は,90日間の関税引き上げ実施猶予措置を最大限に利用し迂回輸出の拡大を図っている。

 また,4月,スペインのペドロ・サンチェス首相が北京を訪問し,習近平国家主席と会談している。ASEANだけでなく,EUとの連携強化も模索されているようだ。昨年10月,EUは中国のNEVメーカーに対する政府助成金が不当であるとして,輸入関税の引き上げを実施したが,これも4月には輸入最低価格を設定する措置に代わった。また,湾岸諸国との連携も進んでいる。一帯一路構想参加国の中でもとりわけアフリカ諸国との経済関係拡大も図られる。

 トランプ政権の相互関税は全世界を対象にしている。マダガスカルですら47%の相互関税が課される。マダガスカルのどこが米国経済にとっての緊急事態なのか。最大の「被害者」である中国は,こうした国々の怨嗟の声を背景に,中国は米国包囲網を形成しつつあるように見える。

 なお,トランプ大統領は,パナマ運河の両岸にある港湾運営会社が李嘉诚の長江グループ傘下の企業に保有されていることが安全保障上問題ありとして,米投資ファンド最大手のブラックロックを通じて,中国と香港を除く全世界120を超える港湾運営会社を234億ドルという破格の安値で買収しようとしている。米国政府からの長江実業に対する強い圧力があったことを伺わせるディールだ。パナマでの駐兵も検討されているようだ。中国政府の介入により契約が履行されるかどうかは未知数だが,中国政府は,パナマ運河に頼らない大西洋と太平洋を繋ぐ物流ルートの構築を検討している。昨年,中国の援助によってペルーのチャンカイに完成したコンテナターミナルとブラジルのポルト・ド・アス港を貨物鉄で連結するプロジェクトである。中南米の太平洋岸から積み出される貨物は一旦北米の主要港で積み替えられていたが,チャンカイ港の運用開始によって,南米とアジアの航海期間は35日から25日に短縮される。海運コストの削減効果は大きい。中南米はアメリカにとって「裏庭」であるが,中国支援によるインフラ投資は,この地域における米国の長年にわたる影響力を根底から覆すものとなるかもしれない。

 トランプ政権は,こうした状況を理解し始めているようだ。4月末になると,対中輸入関税を60~80%台まで引き戻す可能性も示唆されるようになっている。中国市場への依存度の高い米国企業の政権への働きかけも活発になっている。夏場にかけて落としどころを探る米中の水面下での交渉が加速してゆくだろう。5月10日からはスイスで何立鋒副総理とベッセンと財務長官の会談が開催される。何副首相は,前任の劉鶴副首相が2020年1月に締結した米中貿易協定が日清戦争時の下関条約に擬えられ,李鴻章と批判されたことを承知している。米中関税戦争はスクラッチからの再開となりそうだ。

 外交面でトランプ政権が力を入れているのがウクライナでの停戦実現だが,これには中国によるロシアへの働きかけも不可欠である。カシミールやイスラム組織によるテロをきっかけに勃発したインド,パキスタンの武力衝突では,中国がパキスタンに提供した戦闘機がフランスがインドに提供した戦闘機5機を撃墜した。インド,パキスタン両国はその後停戦に合意したが,従来ロシア製武器に依存していたインド,中国製兵器に対する依存度を高めているパキスタン,それぞれに対し,中露が働きかけを行った可能性は高い。国際紛争の仲裁役はもはやアメリカではない。

 5月9日,都合7時間を超える中露首脳会談では何が語られたのかは想像によるしかないが,両首脳の対面での会談は40回を超える。本音ベースの突っ込んだ話し合いがなされたはずだ。4月,OPEC+は原油の増産を決めた。これにより,原油国際価格は米国産原油のブレークイーブンと言われるバレルあたり60ドルまで下落している。ロシアから中国向けの第二の天然ガスパイプラン「シベリアの力2」の建設交渉も進みだした。「鋼のように鍛えられた中露関係」は米国の国際社会での影響力低下に拍車をかけつつある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3835.html)

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