世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
危機の日中関係:北京訪問記
(多摩大学 客員教授)
2026.02.16
政権発足からわずか3か月,高市政権は衆議院解散・選挙という「電撃奇襲攻撃」に打ってでた。2月8日に行われた選挙結果は,自民党が316議席を獲得するという地滑り的圧勝だった。衆院議席を単独政党が2/3占めるという事態は戦後初である。しかも,初めての女性総理。歴代首相と違って自分の言葉で明快に語る高市総理の人気は高い。80%とも言われる支持率を背景に「高市政権か否か」を問う今回の選挙は,「推し活」選挙ともいえる。立民と公明の合体は「小が大を呑む」ものだったが,いかんせん合体はあまりに急でありその目的も理解を得られなかった。惨敗は目に見えていた。既存野党はいずれも苦戦を強いられた。新興政党はそれなりに善戦したが少数派に留まった。結果を見れば,まともな政策論争もないまま国民が高市政権に白紙委任状を与えてしまったことになる。
衆院で維新の会も含めれば2/3という圧倒的な議席を獲得した高市政権は,数の力でなんでもできる態勢を確立した。また高市氏は,総務大臣時代,ちょうど10年前の2016年2月8日の予算委員会で「放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返し,行政指導しても全く改善されない場合,それに対して何の対応もしないと約束するわけにいかない」と答弁し,政府が放送局に対し放送法4条違反を理由に電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性に言及したことがある。この「警告」がメディアの高市氏に対する舌鋒を鈍らせてきたとすれば,今後の政権運営に対するメディアのチェック機能にも疑問符が付く。
さらに,この選挙には米国の影もちらつく。昨年4月トランプ2.0政権の国防次官(政策担当)に就任したエルブリッジ・コルビー氏の存在だ。1979年生まれのコルビー氏の祖父はベトナム戦争時代のCIA長官(1973~76年),父はカーライルやブラック・ロックといった大手投資ファンドの役員であり,父親の東京駐在に伴って6歳から13歳まで東京に滞在していた。その後,ハーバード大学とイエール大学ロースクールを卒業し,軍事戦略・インテリジェンスの世界において頭角を現し,トランプ1.0では国防副次官補として2018年の国家防衛戦略の起草にも関わった。彼の持論は,なによりも中国の台頭による米国の安全保障上の既得権益を維持するため,同盟国の軍事力を増強させ,それを米軍の下に統合するというものだ(「The Strategy of Denial: American Defense in an Age of Great Power Conflict」2021年)。トランプ大統領は,極東の軍事戦略についてはコルビー氏にほぼ丸投げしているとも言われる。祖父や父親の縁もあって,軍事・諜報・投資銀行にも知己が多いうえ,日本在住の経験から日本のエリートとのコネクションも強い。衆院選挙を控えた1月末には韓国と日本を訪問し,日本については防衛費のGDP比3.5%から5%への引き上げを討議したとも漏れ聞く。
また,実績が何もないにも関わらず,異常とも言える高市人気は,Google,YouTube,Xといった巨大インターネットメディアのアルゴリズム調整によって煽られた面もあるかもしれない(一昨年の米大統領選と同じ)。これらテック企業はペンタゴンとも巨額の取引を行っているし,それぞれのCEOはトランプ政権にすり寄ることで多額の利益を得ているとも言われる(Tech titans lined up for Trump’s second inauguration. Now they’re even richer January 20, 2026, FT)。米国の国家安全保障に関わる事案ともなれば協力は拒否できない。高市氏の動画(YouTube)が国内だけで1億3千万回も再生されるという椿事からも,左記が伺われる。
高市氏は,この3月の訪米を予定している。トランプ大統領は国賓待遇で接遇するつもりのようだ。お土産は2つ考えられる。ひとつは昨年,対日自動車関税引き下げと引き換えに合意した5,500億ドルの対米投融資の第一弾。もう一つは日本の防衛費の引き上げだろう。前者については,米国電力インフラや半導体関連のインフラ投資であるといわれる。ただ,投資採算が不明な事業に民間企業が参加するとも思えない。相当額の財政資金が投入されるのではないか。後者については,米国一国の軍事力だけで中国に対峙するのは不可能である。あれよあれよという間に防衛費のGDP比5.5%がコミットされることになるかもしれない。
筆者は選挙前の2月1日から4日にかけて北京を訪問した。北京の現地エコノミストとの定期懇談,春節前ほぼ一か月にわたって開かれている「年貨(歳末市)」での8年振りの買い物,それに,大学同窓会北京支部の新年会に出席するのが目的である(筆者も北京駐在時に会長を務めていた)。往路のJAL21便はB777で,客席は7割程度埋まっていた。復路はB737で,5割程度だった。日本訪問者数が大幅に減っているのを実感した。
ヴィザなし訪問が解禁されてから4度目の訪問であり,前回は昨年11月だったが,その時と比べて変わったことは,①入国カードが紙への記載からQRコードでの登録になった(昨年11月のときは紙への記載だった),②殆どの店で現金を受け入れるようになった,③前回に比べ一段とNEV(新エネルギー車)が増えた,④市民の態度が優しくなったことである。北京市内のあちこちを歩いたが,反日の雰囲気は全く感じられなかった。日本人と分かっても態度が変わるということもない。ただ,北京では日本人駐在員が激減していることと,公務員の接待禁止令によって高級日本料理店が相次いで閉店しているので,本格的な日本料理が食べられなくなったと嘆く日本通もいないことはない。
さて,上記の②については,昨年末に北京商務局から現金決済も受け入れるようにという通達が出たらしい。消費が伸び悩む中,スマホ決済だけに頼っていては消費(とくに高齢者の)を逃してしまう,という判断もあったのだろう。市内の東三環路にある北京農業展示館で開催されていた「年貨」では,平日訪れたせいか,入場者の殆どが高齢者であり,支払いはほぼすべて現金で行われていた。店内の段ボールに売り上げを放り込み,そこからお釣りを取り出すという,昔ながらの光景が復活していた。③だが,4日間の滞在で乗ったタクシーすべてがBYDの王朝シリーズ「秦」だった。加速はなめらかであり,乗り心地は申し分ない。NEVであることを示す緑ナンバーの車は半分とまではいかないもののこの数か月,しかも冬の時期であるにも関わらず4割程度まで増えたように見える。
最後に市民の態度だが,親切度が依然より高まったような気がする。訪燕の都度訪れる后海の「烤肉季」の店員には威勢の良いおばちゃんが多いが,めっきりと愛想が良くなった。眼鏡をかけた青年のウエイターを初めて見たが,これは店なりの雇用対策なのだろう。慣れない手つきで料理を運ぶのをおばちゃん連中が見守っているのが印象的だった。空港の税関職員もこちらが微笑みかけると仁王立ちのいかめしい表情をちょっと緩める。「年貨」で年代ものの紹興酒を販売するおじさんは,嫌な顔ひとつ見せず,5年もの,10年もの,20年もの,30年ものを次々と試飲させてくれた(試飲で酔っぱらった後は,10年もの,20年ものの山西産黒酢の試飲で酔い覚まし)。
昨年秋頃からWeChatの朋友圏で,様々な「愛心動画」がやりとりされるようになっている。5分程度の短い動画だが,父親が亡くなり,母親が病気で倒れた少女を皆で助ける話,崖崩れで半ば封鎖されていた道を通りかかったドライバーが協力して落石を取り除く話,なかには「一杯のかけそば」の内容そっくりの動画もあったりする。思わず涙腺が緩むような内容の動画も少なくない。
この「愛心(思いやり)」ブームは3月の全人代から正式に開始される十五次五ヵ年規画とも関連しているのではないかと思う。今次規画の目玉のひとつが分配政策の強化である。少子高齢化が進む中,党・政府は,低所得者層の所得・福祉水準の大規模な底上げを図るつもりだ。ただ,実施は容易でない。今年1月から中小企業の増値税徴収が厳格化されるなど,福祉政策拡充の原資となる財源の拡充が行われているが,それを補完するための「助け合い」精神の涵養も行われるようになっているのではないだろうか。それを担うのは社区の基層党員ということになる。社区(日本で言えば共産党が運営する町内会といったところか)内で,高齢者の見守りや食事の提供,デイサービスを提供し,保育支援を行うもので,2年ほど前からこの動きが広がっている。
現地エコノミストとは日中関係の今後について意見交換を行った。日中関係改善には「打つ手なし」というのが結論だった。ただ,中国側も改善の端緒をつかめる機会を慎重に伺っていることは間違いない。その一方でトランプ大統領のグリーンランド領有発言を機に,G7主要国は米国との関係のリセットに向けて動き出している。1月16日カーニー首相が訪中し,中国製EVに対する輸入関税を年間49,000台上限に100%から6.9%に引下げた。これに対し中国もカナダ産キャノーラオイルの輸入関税を85%から16%に引き下げた。華為のCFO孟晩舟氏(創業者任正非氏の娘)の拘束により険悪化していた中加関係がリセットされた。米加関係が緊張する中,中国はカナダ産原油の調達を急速に増やしており,昨年は前年の4倍にも相当する約9千万バレルを輸入した。
英国は,ロンドンで建設されている中国大使館(総工費2.3億ポンド,敷地面積2万平米,ロンドン塔近くに立地,欧州の在外公館では最大規模)への移転を1月20日に許可し,スターマー首相と60名に上る英国財界・金融界幹部が1月28日に訪中した。英国首相の訪中は8年振りである。中英関係のリセットが目的であるが,ユーロ市場の要であるシティーと中国金融界との協力も協議された。ドル覇権からの脱却を図り「金融強国」を目指す中国にとってシティーとの協力は不可欠だ。ドイツのメルツ首相も50~60名の財界団体を率いて2月半ばに訪中する予定だ。
「(義和団事件に介入した)八カ国連合軍の中で中国に敵対しているのは日本だけになりましたね」と件のエコノミストは言い,日中首脳会談については,「いくら金をもってきたんだ?」というのがメインイッシューになるだろうと予測していた。軍の大規模な粛清については「不良在庫の一掃」と一言。
大学の同窓会は,留学生OBが過半を占めていた。いずれも今の日中関係を憂えていた。せめて同窓の繋がりを維持し,交流を続けることしかないとの意見である。同席した外交官は,「明けない夜はありません。今は我慢のとき」と表情を引き締めていた。中国政府との交流は途絶しているが,友好と交流促進のメッセージは大使館からこれまで通り発信されている。
上記は短期訪問者の身勝手かつ主観的な感想である。ただ,筆者の場合,定期訪問では,かならず同じ場所,同じ飲食店を複数訪れるようにしている。そこで感じた変化には大きな間違いはないと自負している。今の日中関係が改善する下地は十分にあると思う。双方の政府が意地を張っても良いことは何もない。
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