世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4168
世界経済評論IMPACT No.4168

「東昇西落」の世界:中国の第十五次五ヵ年計画が目指すもの

結城 隆

(多摩大学 客員教授)

2026.01.19

 「東昇西落」の潮流は顕著だが,中国経済の状況はそれを手放しで喜べるものではない。

 中国経済が直面している最大の問題はデフレ圧力と需給ギャップである。この指標となるGDPデフレーターは2022年第3四半期以降昨年に至るまで前年同期比マイナスの状態が続いている。これは1998年のアジア経済危機の2年9ヵ月を大きく上回る。デフレ圧力は,元安に伴う輸入資源の価格上昇や開発費負担,労務費上昇などのコストアップを販売価格に転嫁できず,収益が恒常的に圧迫されていることによって生じている。これをもたらしているのが「内巻」である。需給ギャップは,EVや家電製品に典型的にみられる過剰生産能力と,不動産価格の持続的な下落に伴うマイナスの資産効果による消費の伸び悩みが背景にある。そしてこうした状況が厳しい雇用難(とくに新卒者)を生み出している。

 政府は,3年以上続いているデフレ状態からの脱却を目指し,2024年来,様々な対策を講じてきた。その成果は,第四次産業革命ともいうべき先端技術を成長エンジンとした新産業の勃興だった。しかし,これは過剰生産能力の捌け口としての輸出ドライブの加速と相俟って,とりわけ欧米諸国の警戒と反発を招くことになった。また,これまでとられてきた対策は,全体としてみれば対症療法的であり,個々の対策との整合性も十分ではなかった。

 今次五ヵ年規画は,今年3月に開催される全人代で正式承認され,即実行が開始される。この内容の検討が正式に始まったのは昨年1月である。2月には党中央委員会が6つの研究グループを組織し,12の省・自治区・市で特別調査を行った。さらに,中央行政機構内に組織された研究チームは35に及ぶテーマについて現地訪問を含む調査を実施した。さらに,経済・産業界,学術界,一般市民を対象としたシンポジウムが開催され,広範な意見聴取が行われた。オンラインで寄せられたパブリックコメントは300万件を越え,有識者などによる提言は1,500件に上った。パブコメを寄せたのは有識者や現場レベルの幹部などであり,実質的に五ヵ年規画策定の参加者とみて良いだろう。これまでにない規模で専門家や官僚が動員されたといってよい。中国の経済・産業・社会が抱える問題を総ざらいした感がある。

 上記を踏まえ,昨年10月20日に開催された四中全会(中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議)において,この骨子が決まった。内容は9つに大別できる。すなわち,①経済の質の向上を加速させる(AI,ロボット,低空経済,量子技術,バイオテクノロジーといった先端技術の開発加速と実装の拡充),②共同富裕社会の実現(中間層を現在の4億人から8億人に拡大する),③「反内巻」を政策課題から国家戦略に位置づけ,デフレ脱却を目指し,そのために地方色の強かった国内市場の統合を図る,④少子化対策の強化(生育給付金,学前教育の無償化,育休の延長),⑤高齢化対策の強化(人生80年を前提に基本医療体制や年金制度をさらに拡充し,高齢者の基礎疾患問題や介護体制をさらに整備する),⑥食料安全保障の強化(農業の現代化を通じ,食糧生産の拡大と農村収入の増加,産地と消費地の融合を進める),⑦不動産開発を成長エンジンではなく安定装置と位置づけ,値崩れ抑制と需要に見合った供給,物件の質の向上を図る,⑧これらの目標を実現するために,人材育成と海外の優れた人材の吸引を積極的に行う,⑨統一の偉業達成に向けて台湾との関係を平和的に発展させる,といったものだ。

 上記をモルガンスタンレー証券は「5つのR」にまとめている。すなわち,①Reflation(デフレからの脱却),②Rebalance(投資主導の成長から消費と民生重視へ),③Restructure(地方政府債務問題の解決と不動産関連債務の整理),④Reform(国有企業改革と地方財政改革),⑤Reliance(企業・消費者の信頼回復)である。①~④の施策を通じ⑤につなげてゆくというストーリーだ。

 これを筆者なりに一言で言えば,「統一国内市場の確立」と「先富論から分配」である。中国経済の最大の問題は,省,市など地方政府の独立性が高く,しかも,企業間競争に加え,地方政府間の競争も激しい。これは省レベルだけでなく,市・県レベルにまで及ぶ。省部のコントロールが行き届かない県・市も少なくないという。それぞれの「お家の事情」が優先されるためだ。省とはいえ,広東省のGDPは韓国に匹敵する規模であり,江蘇省はメキシコ,山東省はインドネシアに匹敵する。天津市でもニュージーランド並みの規模だ。その結果,過剰なインフラ投資などの公共事業が行われただけでなく,先端・成長分野においても,地方間で重複投資が大規模に起こり,これが結果的に過剰生産能力と自殺的な価格競争をもたらしている。また,地元の発展を優先しがちな地方政府は,過大なインフラ投資や必要以上に規模の大きな工業団地の造成に突っ走る傾向があり,これが地方政府の深刻な債務問題の一因ともなった。

 上記問題のうち,地方政府債務問題については2024年以降,とりわけ深刻な地方政府傘下の「城投公司(地方政府融資プラットフォーム)」の債務の地方政府への移管と,移管された債務の地方政府債への置換,そして城投公司の破綻処理が精力的に行われてきた。昨年末までに城投公司の70%が処理され,今年末までに90%まで処理を完了することが目標だ。重複投資の問題に手が付けられたのは昨年後半からだった。昨年11月,中国の固定資産投資は大幅に落ち込んだが,これは,過剰投資・重複投資によってもたらされた「内巻」是正措置の効果ともいえる。

 但し,これまで地方政府財政収入を担ってきた土地使用権売却収入のリカバリーは不可能だろう。2021年から現在までにこの収入減は累計8兆元にのぼる。財政支出の7割以上を中央政府に依存せざるを得ない厳しい状況にあるのは,四川省,湖南省,河北省,安徽省,貴州省,雲南省,江西省,重慶市,天津市,新疆ウイグル自治区,吉林省,黒竜江省,青海省と半数近くに上っている。これらについては,中央政府の財政支援措置が必要だろう。このため,中央政府の財政赤字は,今次規画においても拡大傾向をたどっていくことになるだろう。今年の2月からは,コロナ禍の中で,一旦緩和された小規模・零細企業向けの増値税徴収が改めて厳格化される。不動産市況が落ち着けば,固定資産税や相続税の導入といった増税策も視野に入ってくることになるかもしれない。

 分配政策は,少子高齢化が進む中,社会の安定のための喫緊の課題になっている。中国では中間層が拡大していると言われるものの,「温抱(かつかつで暮らしていける)層」が38%,年収1万元以下の層が20%いると言われる。この層の人々の所得をいかにして引き上げ,老後の生活を保障してゆくかが大きな課題となっている。この層は持ち家にも縁がない。共同富裕と完全な小康社会の実現には,この層の所得向上や福利レベルの改善は不可欠である。

 今年は第十五次五ヵ年計画はじまりの年であると同時に,2027年,習近平政権の4期目の有無が見えてくる年でもある。筆者は,4期目はないと見ているが,党中央軍事委員会の首席として,鄧小平型のガバナンスを構築する可能性が高い。新たな党中央常務委員,そして党書記に誰がなるかは予断を許さないが,地方と民生,とくに農村問題に通じ,一定程度国民に人気があって,過去の権力闘争の遺恨を緩和するような人物が選ばれる可能性が高いと見ている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4168.html)

関連記事

結城 隆

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉