世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3664
世界経済評論IMPACT No.3664

シリアは民主化へ向かうのか

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2024.12.16

 2024年12月8日,攻勢を続けたイスラム主義勢力がダマスカスに入城し,アサド政権が崩壊した。親子2代,50年以上にわたり続いたアサド王朝の最後はあまりにあっけないものだった。13年前,アサドは反政府デモが本格化すると,あえて仇敵のイスラム主義者らを釈放し武装蜂起を促した。そして目論見通り武力衝突を激化させ,”テロとの戦い”をたてに民主化運動を圧殺した。また,後ろ盾のイランがシリア国民をシーアに改宗させても黙認し,麻薬利権を与えられると国内外に嬉々として拡散してきた。進退に窮すると自分と家族だけ逃げ出した有様は,自己保身のため国と民を犠牲にしてきた筋金入りの売国奴にふさわしいものであった。

 しかし,果たして反体制派支持者が夢想するようにシリアは民主化に向かうのだろうか?

 今回の崩壊劇は,民衆の抗議運動によるものではない。その立役者は,悪名高いイスラム主義勢力,シャーム解放機構(Hayat Tahrir as-Sham,略称HTS)だ。組織の源流「ヌスラ戦線」は,アルカイダに接近し,そのシリア支部となった。

 しかし,アルカイダに実体はほぼなく,人員や資金集めのための広告塔という面が大きかった。そのため指導部の決断一つでアルカイダの名前を捨てることもできた。そのため,「元アルカイダ」ということは,HTS攻撃の常套文句以上の意味はない。

 より深刻なのが,組織の真の源流,ムスリム同胞団である。イスラム法に基づく統治,つまり多数派であるスンニ・アラブ中心の保守的統治を目指している。同胞団は父親ハーフェズ・アサドの代にも反乱を起こし,中部ハマを丸ごと破壊するという過酷なやり方で鎮圧された。一方の同胞団側も,多くの罪を犯しており,一連の反乱では,クルド人やアラウィーなど少数民族・宗派3万人が殺害されたとされている。

 HTSの指導者ジャウラニは,アルカイダ/イスラム主義色を払拭しようと,組織改称以来,メディアに語る内容を少しずつ軟化させていった。今回,アレッポ制圧後に米CNNが行った単独インタビューでは,少数派の尊重など西側受けを狙った言葉を繰り返した。

 ダマスカス制圧後に発表された暫定政府幹部の面々は,いずれも筋金入りのイスラム主義者だ。亡命中の世俗派は蚊帳の外に置かれた。HTSがこれまで支配してきた北西部イドリブでは,殺害,誘拐,強制改宗などドルーズ迫害を訴える証言が数多くある。同様の訴えは,クリスチャンもしている。それゆえ,イスラム主義政権は,ギリシャ正教徒,アラウィーやドルーズへの迫害をするのではと懸念されている。

 すでにソーシャルメディア上では真偽不明ながら,クリスチャンやアラウィー迫害を伝える内容が出回っている。すでに少数派は,安全を追求し動き始めている。シリア難民帰還の報道に溢れるなか,少数派のシリア脱出の動きも見られている。また,ゴラン高原のドルーズコミュニティは,政権崩壊に乗じ侵攻を開始したイスラエルへの”併合”を求めたとも伝えられている。

 暫定政府は,”自由で公正な選挙”を実施するとしている。国際社会へのアピールも含め,公正な選挙が実施されるだろう。その結果,世俗派が大勝したらどうなるのか。かつてHTS同様,一度は追い詰められてから中国全土を手にした毛沢東は,「政権は銃口より生まれる」との箴言を残した。HTSは,銃口で得た権力を手放すとは考えづらい。

 そうなれば,イスラム主義者以外の諸派は,暫定政府から離れていき,それぞれの武装勢力を持って自衛しようとする。そもそも,北部のクルド人が主導する北東部自治地域は,未だ独自の軍隊を持ち健在である。政権崩壊に乗じたトルコ傘下勢力の攻撃を受けつつも,巧みな戦争指導とアメリカ軍を巻き込むことで勢力圏の大部分を維持している。

 ジャウラニは,クルド人主導のシリア民主軍を「新たなシリアに居場所はない」としつつも,クルド人については「新たなシリアの不可欠な一部だ。不当な扱いを受けてきた」と発言し,取り込もうと腐心している。ただ,クルド人は軍隊こそ自治を守るための不可欠な要素と確信しており,シリア民主軍解散に応じることは絶対にない。クルド人を支援するアメリカが未だ,ジャウラニをテロリストに指定していることも両者の関係構築の障害になる。

 戦争に疲れ切り復興ムードのシリアで,戦闘が再燃するとは考えにくいが,政権崩壊以前の分断状態に戻っていくだろう。南部のドルーズ領,西部のアラウィー領,北部のアレッポ州,中部のダマスカス州に分断されたフランス委任統治領時代の地図を髣髴とさせるものになるのではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3664.html)

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