世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「老いる大国」中国は第二の人口ボーナスを享受できるか?
(大東文化大学国際関係学部 教授)
2025.06.30
少子高齢化というと,人々はネガティブなイメージをもつ。個人でも国家全体でも働く人がいなくなれば,将来の経済生活が成り立つのかどうかという不安を多くの人が感じている。しかし,この不安を解消できるかもしれない希望の光がある。それは第2の人口ボーナス(Lee and Mason 2006)という考え方だ。これは,高齢化が必ずしも経済の足かせになるわけではなく,むしろ経済成長の起爆剤になり得るというものである。
第2の人口ボーナスとは,高齢化が進み平均寿命が延びていくと人々は退職後の生活のために貯蓄を行うようになり,その貯蓄が投資されて,国内経済の活性化につながる現象を指す。シンプルに言えば,第1の人口ボーナスが労働人口の増加による経済成長であるのに対し,第2の人口ボーナスは高齢化とそれに伴う資本蓄積による経済成長である。
しかし,中国の少子高齢化のスピードは非常に速い。2024年末時点で,中国には60歳以上の人口が3億1,031万人おり,総人口の22%を占めている。このうち65歳以上の人口は2億2,023万人で,総人口の15.6%に相当する。例えば上海では,2024年末時点で60歳以上の居住者が578万人おり,戸籍人口の37.6%を占めている。上海市の人口の29.4%が65歳以上で,これは日本と同水準になっている。
このような急速な高齢化に社会全体の貯蓄である年金が追い付かない可能性も指摘されている。中国社会科学院が2019年に発表した報告書によると,中国の都市部労働者年金基金は,労働力人口の漸進的な減少により,2035年までに資金が枯渇する可能性があると警告した。
こうした状況の中,中国政府は第2の人口ボーナスを生み出す制度的な取り組みを積極的に進めている。具体的には,退職年齢の延長と個人年金制度の充実である。
退職年齢の引き上げは2024年に実施された。男性の定年年齢は60歳から63歳に,女性事務職員は55歳から58歳に引き上げられた。また,これまで50歳で退職できた女性ブルーカラー労働者の定年年齢は55歳に引き上げられている。高齢者の所得増加は貯蓄増加の動機につながるだけでなく,年金制度の財政的な負担も和らげる効果が期待される。
さらに,若者に早期から退職準備を促すため,個人年金制度が新たに拡充された(Sun 2025)。この制度では,年間最大12,000元(約2万4千円)を拠出でき,税制優遇措置や投資収益に対する優遇措置が受けられる。日本でいうiDeCoやNISAのイメージだ。
研究によれば,これらの措置は,第2の人口ボーナスを生み出す可能性があるとされている(李・羅 2018)。伸びゆく平均寿命,来るべき高齢化社会に向けて,家計世帯の貯蓄を増加させることができるかどうか,これが高齢化による経済的負担,すなわち人口オーナスを避ける重要な方途である。
しかし,問題は中国の若者が「そんな将来のことは考えられない」と感じている点にある。Sun(2025)の記事でも,長期的な計画に意欲的な若者は少数派だと指摘されており,これは日本でも同様の傾向が見られる。
深刻な違いは,中国の若者の雇用環境の悪さである。中国の都市部における16歳から24歳の若年失業率(学生を除く)は,5月に14.9%と依然厳しい状況が続いている。特に,過去最高となる1,220万人の大学卒業生が今夏に就職市場に参入するため,失業率が再び上昇する可能性も高い。
現時点の多くの若者にとって,まず雇用こそが最良の退職後を考えることのできる保障であり,一度就職すればとりあえずは自動的に年金制度に加入でき,貯蓄の余裕も生まれる。高齢者の退職年齢の引き上げは若年層の雇用環境に悪化につながる可能性もはらんでいる。したがって,若年層の雇用創出,就業環境の改善こそが,中国が第2の人口ボーナスを享受できるかどうかの試金石と言えるだろう。
[参考文献]
- Ronald Lee and Andrew Mason (2006) What Is the Demographic Dividend?, Finance and Development, Vol.43, No.3.
- Sun, Luna (2025) Young Chinese put retirement plans on hold amid slowing economy, demographic crisis, South China Morning Post, 24 May 2025
- 李超・羅潤東(2018)「老齢化,預防動機与家庭儲蓄率:中国第二次人口紅利的実証研究」『人口与経済』2018年第2期,104―113ページ
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