世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4109
世界経済評論IMPACT No.4109

トランプ関税と貿易統計:あの喧騒は何だったのか

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.12.01

 史上最長の43日間に及んだ政府閉鎖の影響で,米国政府の統計は発表が大幅に遅れたり,中止になったりしている。貿易統計も1ヵ月以上遅れ,11月19日,ようやく8月分の統計FT900が発表された。トランプ第2期政権の「相互関税」は今年4月2日に「解放の日」と銘打って発表されたが,実際に課税が開始されたのは8月7日だから,発表された8月の統計でようやく相互関税などトランプ関税の影響が明らかになった。

 輸出をf.a.s(船側渡し)ベース,輸入を通関ベースでみると,今年8月の財の貿易額は輸出が前月比0.2%の微減,輸入は6.6%の大幅減となり,貿易赤字は前月から183億ドル(17.9%)縮小して843億ドルとなった。トランプ大統領にしてみれば,「相互関税の導入によって,対米輸出国による米国市場の略奪が阻止された」と言いたいところだろうが,それは9月以降の統計をみないとわからない。

 米企業は,トランプ大統領が就任すれば高関税政策が実行されるという確信から,高関税回避のため,駆け込み輸入によって在庫の積み増しを図った。その結果,輸入が急増し,今年1~3月の輸入は合計して昨年同期比2109億ドル(126.8%)増の9984億ドルとなり,貿易赤字は1908億ドル(169.6%)も増えた。4月以降は,輸入が減少し,今年4~8月の輸入は合計1兆3582億ドルと前年同期(1兆3579億ドル)並みとなった。しかし,1~3月に急増した輸入を相殺するまでには至らず,今年1~8月の貿易赤字は,昨年同期の7698億ドルから1489億ドル(119.3%)増加して9188億ドルとなった。

 今年4月以降,輸入が減少傾向をたどっているのは,1~3月における輸入急増の反動減のほか,4月から発動された自動車・同部品および不法移民や不法薬物に対する1962通商拡大法232条による追加関税などが影響したものとみられる。しかし,いまや逆に食料品の価格上昇に対応して,相互関税の対象から果汁やコーヒーなど農産物を除外している状況である(11月13日実施)。

 今年8月の輸入を主要財別にみると,輸入額が前月の7月を上回ったのは自動車・同部品(6億ドル,1.8%増)だけで,食料・飼料・飲料,産業用資材,資本財,消費財は軒並み前月比減となり,特に産業用資材の減少(113億ドル減)が突出した。しかし,1~8月の累計でみると,自動車・同部品だけが昨年同期比減(296億ドル,9.2%)となったが,資本財を中心に他はすべて増加した。品目別に主な増減額をみると,食料・飼料・飲料ではコーヒー生豆(30億ドル増),産業用資材では非貨幣用金(135億ドル増),原油(166億ドル減),資本財ではコンピュータ(540億ドル増),コンピュータ付属品(273億ドル増),通信機器(180億ドル増),半導体(46億ドル減),民間航空機(43億ドル減),消費財では医薬品(508億ドル増),携帯電話等家庭用品(39億ドル増)が目立っている。

 地域別・国別に,今年1~8月を前年同期と比較してみると,関税賦課合戦となった中国との貿易は,米国の輸入が599億ドル減,輸出も202億ドル減となり,対中貿易赤字は397億ドル減の1454億ドルに縮小した。EUとも貿易紛争が激化し,対EU貿易赤字は138億ドル増の1658億ドルとなった。FTAを締結しているカナダ,メキシコとの貿易は不法移民や非合法麻薬の流入に対する追加関税などによって,貿易赤字は対カナダが48億ドル減,対メキシコは192億ドル増となった。対日貿易赤字は輸入が12億ドル増,輸出が21億ドル増で,昨年同期並みの450億ドルとなった。

 米国の対ASEAN貿易は輸入が647億ドルも増えたが,輸出は僅か6億ドル増にとどまった。このため,対ASEAN貿易赤字は641億ドル増の2055億ドルに急増した。国別にみると,貿易赤字は対ベトナムが354億ドル増,対フィリピンが224億ドル増と両国が突出している。これは中国を迂回した貿易によるとみられる。ASEAN以外では,50%の相対関税が課されているにもかかわらず,米国の貿易赤字は対インドが143億ドル,対ブラジルが224億ドル,それぞれ増加している。このように1~8月の貿易状況からは,トランプ関税が狙い通りの成果を挙げているとは言い難い。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4109.html)

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