世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4030
世界経済評論IMPACT No.4030

「アフリカ成長機会法」が失効:自国のことしか眼中にないトランプの米国

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.10.13

 クリントン政権の最後の年,2000年の5月に成立した「アフリカ成長機会法」(AGOA, African Growth and Opportunity Act)が9月30日,失効した。何回か期限を更新しながら,米国は四半世紀にわたり,AGOAによる特恵制度によって,サハラ砂漠以南の30以上のアフリカ諸国に米国市場への無関税のアクセス権を与え,対米輸出の促進によって,これら諸国の雇用と経済成長を支援してきた。

 しかし,2024年中に議会に提出されたAGOAの期限延長法案はすべて審議未了で廃案となった。今年の期限切れを前に,トランプ政権は同法の1年延長を支持すると表明したが,これはリップサービスにすぎなかった。1年だけの延長ではアフリカ経済への支援効果は限られたものになり,トランプ政権の失政を糊塗するものに過ぎないからである。

AGOA特恵の存続中に相互関税を賦課するという暴挙

 トランプ大統領がAGOAの意図を理解し,本気でAGOAの存続を望んでいたのであれば,南アフリカ共和国(南ア)に完全に周囲を取り囲まれた貧しい小国,レソトに,50%の相互関税を課すことはなかったはずだ(相互関税を発表した今年4月2日時点。8月7日から課税が開始されたレソトに対する相互関税率は15%)。トランプ大統領はAGOAの役割など知らないだろうが,トランプ第1期政権で,ライトハイザーUSTR代表の首席補佐官を務めたジェイミソン・グリア現USTR代表であれば,AGOAの意図を十分承知しているはずである。

 サハラ以南のアフリカ諸国は合計49ヵ国あるが,「法の支配の欠如」,「人権侵害」などを理由に,米国は17ヵ国をAGOA特恵の対象外としたため,今年9月末時点でAGOA特恵を享受していた国は合計32ヵ国である。この32カ国のうち14ヵ国に,トランプ大統領は8月7日から15%超の相互関税を課した。15%超の課税対象国は,南アが最高の30%で,それ以外の13ヵ国(注1)はすべて15%である(注2)。相互関税が発表された4月2日時点では,レソトが50%,マダガスカルが47%,モーリシャスが40%,ボツワナが37%という異常に高い税率であったことをみると,当初の相互関税率がいかに根拠のない,いい加減で無慈悲なものであったかが分かろう。

 しかも,トランプ大統領とグリアUSTR代表は,まだAGOA特恵が存続しているにもかかわらず,AGOA諸国に相互関税を課税するという矛盾を犯している。制定法を無視し,議会の承認も得ておらず,法的試練も受けていない大統領令を,公法に優先して適用したことは異常である。相互関税を賦課する法的根拠は,2025年7月31日付の大統領令「相互関税率のさらなる修正」であり,AGOA特恵の法的根拠は,第114連邦議会で可決され,2015年6月29日に制定された「2015年特恵延長法」(公法114-27)である。後者の公法の方が,法的試練を経ていない行政措置の大統領令(注3)よりも,法的に揺るぎの無いものであることは,言うまでもない。

対アフリカ貿易:縮小・停滞する米国,拡大する中国

 国連貿易開発会議(UNCTAD)によると,10月1日から米国がレソトから輸入するアパレルの関税は,AGOA特恵の失効によって,ゼロから一夜にして32%に跳ね上がった(The Washington Post, Oct. 3)。同紙によると,レソトではフォーマルセクターの雇用の35~40%がAGOA関連であり,マダガスカルでは登録雇用の5割がAGOA関連工場,特に繊維・アパレル工場で雇用されている。AGOA特恵の失効は,女性労働者に大きな影響を及ぼすものと見られている。

 USTRは隔年でAGOA報告を公表している。2024年6月発行の同報告書(注4)によると,米国のサハラ以南のアフリカ諸国との財の貿易赤字は,米国の輸出増,輸入減で2004年の273億ドルから2023年には111億ドルに減少した。輸入の減少は輸入の大半を占める原油の輸入減によるもので,AGOAによる原油輸入は同期間に222億ドルから42億ドルに激減した。しかし,原油以外のAGOA輸入は44億ドルから55億ドルへと微増にとどまった。原油以外の米国の輸入ではアパレルが多いが,米国の輸入は16億ドルから11億ドルに減っている。AGOA特恵の失効によって,米国のサハラ以南からのアパレル輸入は減少に一層の拍車がかかるのは必定であろう。

 米国のサハラ以南諸国との財の貿易総額(輸出+輸入)は475億ドル(2023年)。一方,中国のアフリカ諸国(サハラ以北を含む)との貿易総額は2,956億ドル(2024年)。対象の年も国数も異なるため正確な比較はできないが,中国のアフリカ貿易は米国の6倍で,中国は16年連続でアフリカの最大の貿易相手国になっている。これに対して,米国のサハラ以南諸国との貿易総額はピークとなった2008年の1,047億ドルからほぼ半減している。今年6月11日に開催されたFOCAC(中国・アフリカ協力フォーラムサミット)の閣僚会議で習近平国家主席は,53のアフリカ諸国に対する関税をゼロにすると表明している。

 米国の一般特恵制度(GSP)は2020年末で失効し,今年AGOAも失効した。残る地域特恵はカリブ海域諸国に対するCBI(Caribbean Basin Initiative)だけである。自国の門を閉ざす保護貿易主義が自国経済を衰退させ,門戸を開く自由貿易主義が自国および世界経済を繁栄させることは国際経済学の教えるところだ。自国第一主義をとるトランプ大統領の米国の先行きは危うい。

[注]
  • (1)13ヵ国の内訳は,アンゴラ,ボツワナ,チャド,コートジボワール,コンゴ民主共和国,レソト,マダガスカル,マラウイ,モーリシャス,モザンビーク,ナミビア,ナイジェリア,ザンビア。また,人権侵害などでAGOA特恵の対象外となったカメルーン,赤道ギニア,ウガンダ,ジンバブエの4ヵ国に対する相互関税も15%となった。
  • (2)これまでAGOAの受益国に指定されたことがないソマリア,スーダン,ジンバブエの3ヵ国,および相互関税を30%とされた南アと15%とされた上記の注1諸国以外のサハラ以南のアフリカ諸国に対する相互関税はすべて10%となった。これは2025年7月31日付の大統領令に規定されているもので,国の貧富に関係のない無慈悲な措置である。
  • (3)一連のトランプ大統領令の合法性は現在最高裁で審理中であり,その結論が本年中に出されるとみられている。本コラム9月22日付No.3997「米最高裁,IEEPAによるトランプ関税を迅速審理」参照。
  • (4)2024 Biennial Report on the Implementation of The African Growth and Opportunity Act, USTR, June 2024.
[参考資料]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4030.html)

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