世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本経済に今求められるもの
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.06.30
輸出と企業利益の減少
1-3月期の日本のGDP統計ベースの実質財・サービス輸出は,前期比で0.5%減少しました。また,法人企業統計ベースの非金融企業経常利益は,同−2.6%と減少しました。輸出と企業利益のGDP比は円の実質実効為替レートと強い負の相関があります。1994年1-3月期から2025年1-3月期において,円実質実効為替レートの輸出のGDP比との相関係数は−0.939,企業利益のGDP比との相関係数は−0.896です。昨年7月から今年4月にかけて,円の実質実効為替レートは11.2%上昇しました。それに加えてトランプ関税発動により,輸出と企業利益の減少が続きそうです。
家計可処分所得の低迷
家計可処分所得の国民総所得(=GDP+海外との所得の受払い)に対する比率は,長期的に低下傾向にあります。1994年には57.8%であったものが,2004年には53.9%,2014年には53.7%,2024年には51.7%まで下がりました。日本経済全体が稼ぎ出す所得のうち,最終的に家計に回る比率が低下しています。さらに,コロナ禍後は円安が国内物価を押し上げたことなどから,2023年まで実質家計可処分所得が大きく減少しました。コロナ禍直前の2019年10-12月期と比べると,2023年10-12月期には4.2%減少しました。名目ベースでは2.9%増加しましたが,家計最終消費支出デフレーターが7.4%上昇したことで実質的に目減りしました。2024年には給付金の支給により,実質家計可処分所得は増加しました。ただ,給付金の効果が切れると,再び減少するでしょう。
現状では円安是正を図ったり,企業に物価上昇率を上回る賃上げを求めたりしても,実質家計可処分所得は増えそうにありません。円高が進めば,輸出と企業利益は大幅に減少し,企業は賃上げが困難になるどころか,むしろ雇用削減や賃金抑制に動き,家計の所得も減るでしょう。輸出や企業利益の減少と実質家計可処分所得の低迷が重なることで,日本経済が景気後退に陥る公算が高まっています。その点では,景気を下支えするために,減税なり,給付金支給なり,何らかの財政刺激策が必要と見られます。ただ,財政政策も,金融政策も,短期的に景気を刺激する効果はあっても,中長期的に経済の成長トレンドを引き上げる効果はありません。
供給成長率と需要成長率の両方が低下
内閣府の推計によれば,供給能力を示す潜在GDPの成長率(前期比年率換算値)は,1988年4-6月期の+4.4%から2008年7-9月期には0.0%まで低下しました。その後,わずかに回復したものの,ゼロ%台で推移し,2025年1-3月期には+0.6%でした。需要側の動向を示す実質GDPも,短期的に大きく振れながらも長期トレンドは概ね同様です。1980年代の平均+4.4%から1990年代には+1.5%,2000年代は+0.5%へと下がり,2010年代は+1.3%,2020年以降は+0.6%です。
製造業の実質付加価値生産額は,リーマン・ショックの時に落ち込んだ後,再び増加しましたが,2023年4-6月期をピークに頭打ちになっています。トランプ関税の発動により,生産拠点を米国へ移すことを迫られ,その分,国内の生産や雇用を削減せざるを得ないでしょう。通信やAIなどの技術の発展は,新たな需要を生み出すより,既存の生産技術や雇用を代替して生産効率を高める方向に働きそうです。そのため,相対的に報酬水準が高いホワイトカラー層を中心にした雇用削減が見込まれます。雇用削減は企業利益を高めても,付加価値生産額を減少させるでしょう。さらに,製造業やホワイトカラーの雇用削減は,家計所得の減少を通じて,家計最終消費支出の減少をもたらしそうです。供給側の潜在GDP成長率も,需要側の実質GDP成長率も,中長期的にさらに低下しかねません。
供給側と需要側の成長率を同時に引き上げるには,社会的ニーズが高く,潜在的な需要があると見られる介護,医療,運輸,建設,農業などの分野で人員投入,設備投資,技術開発を増やすことが求められます。しかし,こうした分野は現状では付加価値生産性が相対的に低いため,給与,労働時間などの雇用条件が悪かったり,投資に対する期待リターンが低かったりする問題があります。社会的ニーズ高い分野が高付加価値の成長産業となれるように,税制,補助金,社会保障制度などの改革を通じて,経済全体の価格・報酬体系を見直すことから始める必要がありそうです。
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