世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
金融政策は何を指針にすべきか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.08.18
インフレ率の見通しを上方修正
7月30,31日開催の日銀金融政策決定会合では,政策金利の変更は見送られました。一方,決定会合の結果と共に発表された「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)によれば,各政策委員の生鮮食品を除く消費者物価指数の見通しの中央値は,前回4月時点の見通しと比べて2025年度は前年度比+2.2%から同+2.7%へと上方修正されました。2026年度も+1.7%から+1.8%へ,2027年度も+1.9%から+2.0%へと小幅に上方修正されました。インフレ率見通しの上方修正を受けて,金融市場では次回9月18,19日開催の決定会合か,その次の10月29,30日開催の決定会合での利上げの予想も出ています。
しかし,米国で9月16,17日開催のFOMCで利下げが行われるとの見方が金融市場で高まっている中,日銀が利上げに動けば,円高に振れ,トランプ関税で陰りが見える輸出と企業利益が落ち込んで日本の景気が悪化する懸念があります。円高で輸入物価が下がると,これまでの物価上昇の主因であったエネルギー・食料価格の上昇が止まり,来年度のインフレ率は日銀見通しを下回ることになりそうです。日銀の2%の物価安定の目標の実現が遠のくかもしれないという点では,早期利上げは微妙な情勢です。
貨幣価値の多面性
そもそも,中央銀行の使命は,貨幣価値と金融・決済システムの安定を通じて,市場メカニズムによる効率的資源配分に資することにあると思います。経済における市場は,財・サービス市場だけでなく,労働市場,株式・債券市場,不動産市場,外国為替市場など様々なものが存在している上,それぞれの市場は金融・決済システムと関連性を持ち,市場間でお互いに影響しあっています。その点では,貨幣価値の安定は,消費者物価のような財とサービスのバスケットに対するものだけでは不十分と言えます。株式,債券などの金融資産や,不動産,外国通貨に対する為替レートなどを含めた幅広い価格体系の中で多面的に捉えるべきでしょう。
価格体系の中の歪み発見と整合性の回復
ただ,貨幣価値の安定を多面的に捉えるというだけでは,中央銀行の行動の指針が定まりません。それを定める一つの方法としては,財・サービス価格,賃金,金融・実物資産価格,為替レートなどを分析して,価格体系の中の歪みを見つけ,割高なものの価格を下げ,割安なものの価格を上げて価格体系の整合性の回復を図ることが考えられます。例えば,2月24日付の本コラム「円ドル為替レートの行方」で示したような円ドル為替レート推計モデルを用いて,経済ファンダメンタルズ要因から見て円が割安か割高かを判断し,それを金融政策に反映させるということです。この為替推計モデルによれば,経済ファンダメンタルズに基づく円ドル為替レートの推計値は1米ドル=132円程度であり,円は10%以上割安と推計されます。こうした場合には,円安是正に向けて利上げなどの政策的働きかけを行うべきということになります。
中央銀行が様々な市場での割高,割安を判断することに対して,中央銀行に信頼に足る分析や判断ができるのか疑問の声はあるでしょう。割高,割安の度合を巡って,中央銀行,政府,市場の見解の相違が生じて混乱を招くこともありそうです。
ただ,現在のように2%の物価安定目標を設定し,展望レポートでそこに向けての予想経路を示しながら金融政策を運営するというやり方は,予想が外れ続けることで金融政策への信認が揺らぐという問題を招いているようです。私の経験に基づく個人的見解ですが,中央銀行が行うにせよ,政府や民間が行うにせよ,およそ経済や金融市場の予想というものは精度が低く,政策運営の指針にはなりえないと思います。予想をするより,現状分析に徹して歪みを発見する姿勢の方が,むしろ適切な金融政策の運営につながるのではないでしょうか。
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