世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4175
世界経済評論IMPACT No.4175

イランはむしろ介入を歓迎する:トランプの冒険が体制を助ける最悪の展開も

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2026.01.19

 イラン各地で抗議運動が拡大し新たなイラン革命の様相を呈している。ハメネイ逃亡計画の報道もあり,もはや「ヴェラヤテ・ファギーフ=モッラーによる統治体制(モッラー=聖職者,以下:モッラー体制)は崩壊間近」との声もしきりに聞かれる。ただ,ここにきて当局の暴力激化にSNS工作の活発化と,体制側の反撃が始まっている。まだまだ,ここ数年間のデモ同様にガス抜きで終わる可能性は高い。こうしたなかで体制による反撃の糸口となるのが外国の介入である。以前からイスラエルに関連するとみられるSNSアカウントは「イラン国民が王政復古を支持している」というナラティブを広めてきた。確かに今回の抗議でも,各地でパフラヴィ王朝を支持するスローガンが叫ばれているのは事実だ。しかし,それは国民の大多数が王政復古を支持していることを意味しない。

 イランには日本によく似た本音と建前の文化がある。家の中など官憲の目が届かない「ウチ」の世界では割と本音をよく話す。密造酒を一緒に酌み交わしたことすらもある。ただ,国教シーアの聖人アリーやフセインを罵倒するといった明確に違法となるような話も飛び出すなか,王政復古への支持を聞いたことがないのだ。イランに詳しい専門家・在野の人々の共通認識も同様と思われる。つまり,SNSで拡散された王政復古支持のスローガンは,とにかくモッラー体制の嫌がることを叫んでやろうということ以上のことを意味していないとみるのが妥当だ。

 イスラエルとて,本気で王政復古に期待しているかは怪しい。イスラエルはガザ戦争勃発以来,認知戦でイランに煮え湯を飲まされ続けてきた。またイランは国是としてイスラエル破壊を掲げる。それらの意趣返しで「イスラム革命の否定」をしているに過ぎないとみるべきだ。

 筆者は体制派民兵や革命防衛隊の末端の隊員に会ったことがある。いずれも愛国心や信仰のためではなく生活のために入隊した者ばかりであった。中には飲酒に耽る仲間とつるむ不良隊員すらいた。SNSでデモ隊に喝采をおくる治安部隊員の映像が拡散されていたように,生活のために立ち上がった民衆への同情心を彼らも持ち合わせている。かつての革命では,こうした暴力装置が民衆に寝返ったことも王政崩壊の一因となった。こうしたなかでイスラエルの宣伝は,かえって「シオニストが王政復古を煽動している」というモッラー体制の格好のプロパガンダとなり,暴力装置とデモ隊の間にくさびを打ち込むことにつながる。一方,アメリカの介入はどう作用するのか。トランプは「民衆に攻撃したら強烈な措置をとる用意がある」と軍事介入をちらつかせ体制指導部を恫喝している。これを体制の危機と捉える向きが多いが,新たな”革命”の一助になるかは甚だ疑問だ。

 アメリカ・イスラエルは,これまで多くの革命防衛隊幹部などを殺害してきた。ただ,いくら指揮官・指導者を殺してもガザのハマスが動き続けているのと同様,革命防衛隊にも大きな混乱は生じていない。それは,司令官に複数の副官をつける態勢をとっており,すぐに新たな司令官に交代するようにしているからである。また,殺害された司令官らは「殉教者」として祭り上げられ士気の鼓舞に利用される。両国のこれまでの作戦は,ただ殉教者を増やしてきただけとみることもできる。さらに踏み込んで仮にアメリカ・イスラエルとの全面戦争になったら,体制は崩壊するだろうか。ここでも歴史は我々に重要な教訓を与えてくれる。

 かつてイラクのサダム・フセインは,吹けば飛ぶような革命政権下のイランに攻め込んだ。結果はご存知の通り,大量の犠牲者を出しながらも逆に体制の盤石化につながった。先の「12日戦争」でもイランは甚大な人的・物的損害を受けた。しかし,体制はそれ以上の成果を得た。スパイ摘発を口実に多くの反体制的な市民を捕らえ,監視体制の強化につなげたのである。

 権力維持しか関心のないネタニヤフ政権はガザ戦争勃発以来,一貫して戦略的失敗を積み上げてきた。トランプも同様だ。国民が期待する経済政策で成果を上げられないことから外政に目を向け,実績を作れそうな問題に片っ端から首を突っ込んでは,これまでアメリカが築いた地位を毀損している。戦略なき行動は結局,イラン国民に犠牲を強いた上に体制の弾圧が強化されるという最悪の結果につながる。

 ここ数年来のデモが根本的に抱える脆弱性は,統一的な指導者がいないことだ。パフラヴィ一派はいうまでもなく,左翼勢力「モジャへディーネ・ハルグ(人民の殉教者)」なども国内をまとめられるだけの力はない。一方,モッラー体制最大の脅威と言えるクルド人勢力については,数次のデモで乱立する党派の糾合に努め,今回も統一戦線樹立に向け進んでいる。こういったあらゆる反体制派を統一する連合体ができない限り,モッラー体制は低空飛行を強いられることはあれど墜落には至らない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4175.html)

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