世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3681
世界経済評論IMPACT No.3681

1円玉廃止への道筋

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2024.12.30

新しい1円玉はとても希少

 財務省の統計によると,1円玉は1955-2023年までの間に合計440億枚製造されている。1990年に年間28億枚製造されたのをピークに製造枚数は減少傾向にある。2010年以降では,2010年,2014年,2015年以外は100万枚を下回っており,2023年は年間46万3000枚まで減少している。

 2023年製の1円玉を手に入れるにはコインのセットを買う必要がある。1円玉から500円玉までが1枚ずつ入ったセットが売られており,ミントセットと呼ばれている。毎年発行される通常のミントセットに加えて,2023年には黒部ダム60周年記念,おじゃる丸放送25周年記念などの記念セットが発売されており,合計で46万3000セットになる。つまり,2023年に発行された1円玉は全てコレクター向けに製造されている。2016年以降に製造された1円玉も全てコレクター向けであり,ミントセットを分解しない限りは市中に流通しない。

 金属製のコインは価値が小さい割には重さがあるため,紙幣よりも運搬にコストがかかり種類別の保管場所も必要となる。日本のコインは6種類あるが,1種類でも減らせれば現金を扱うコストを大きく下げられる。

1円玉の使用を止めるラウンディング

 ユーロ地域では,ベルギー,アイルランド,オランダ,フィンランドでラウンディングが実施されている。ユーロの場合,現金の買い物合計額を0セントと5セントにそろえる操作をラウンディングという。合計額が9.98~10.02ユーロの場合は10ユーロ,10.03~10.07ユーロは10.05ユーロ,10.08~10.12ユーロは10.10ユーロというように,二捨三入のような計算をする。1度の買い物では,1セント得したり2セント損したりするが,1年を通してみると損得はほとんどないとされている。クレジットカードなどのキャッシュレスで支払う場合は,1セント単位で正確に支払うことができるため,ラウンディングしたくない顧客はキャッシュレスで支払えばよい。

 ユーロのコインは1,2,5,10,20,50セントと1,2ユーロの8種類あり,1セントと2セントは小さくて見分けが難しい。1セントが50枚入った1ロールを手に入れるコストが40セントになるケースもあり,店舗にとっても現金を扱うコストが高い。ユーロの1,2,5セントは銅貨であるため,製造に伴う財政負担も重い。ラウンディングの実施により,1セントと2セントの発行を止めることができる。フィンランドは2002年のユーロ切り替え時から1セントと2セントの製造はコレクター向けに限っている。

 ヨーロッパでは,ハンガリー,スイス,デンマークなどでも採用されており,ヨーロッパ以外の地域でも採用が広がっている。

1円玉の廃止は現金のシステムを残すために必須

 日本のキャッシュレス化は遅れている。人々が新技術を拒否しがちなこともあるが,現金が手に入りやすいことも原因にあげられる。日本では現金の偽物が少なく,比較的清潔であり,どこでもほぼ無料で手に入れることができる。とても便利ではあるものの,現金のシステムを維持するコストが非常に大きいということでもある。現在普及しているキャッシュレス手段は技術的にも社会的にも課題が多いため,現金をかなり長い間,残す必要がある。そのためには,現金の社会的コストを減らす工夫が欠かせない。

 日本でもラウンディングを実施すれば,1円玉を廃止してコインの種類を1種類減らすことができ,現金を扱うコストを減らせる。1円たりとも損したくない人はキャッシュレスに移行すればよいため,キャッシュレス化への後押しにもなる。

 EU(欧州連合)が実施しているアンケートにEurobarometerがある。ここでは,毎年ラウンディングの是非についても問うているが,近年はラウンディングへの賛意は60%台で推移している。北欧やオランダなどで賛意が高く,南欧や東欧では低い。これには所得水準が関係しており,1セント単位の小さなやり取りが多い低所得者はラウンディングに反対しやすい。

 日本人の所得は先進国の中では低い方であり,ラウンディングへの反対論が大きいと予想されるが,ラウンディングによる1円玉の廃止は現金のシステムを残すために避けて通れない。まずは東京などの大都市圏での条例でラウンディングをはじめ,徐々に地方にも広げていくのが現実的であると思われる。ラウンディング開始から一定期間後に,銀行への1円玉の預け入れ手数料を大幅に引き上げさせる措置も有効だといえるだろう。これらの政策が実施されれば,将来のどこかの時点で5円玉の廃止も視野に入ってくるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3681.html)

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