世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「相互関税」交渉に変わった「相互関税」制度
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.04.28
4月7日付の本コラム(No.3790)で筆者は,トランプ大統領が4月2日に発表した「相互関税」を方向転換すると決断するのは,「米国経済の実勢と先行きがより深刻化し,(中略)このままでは2026年11月の中間選挙が危ういと考え始めた時であろう」と書いた。しかし,方向転換は,その時を待つこともなく,意外に早く到来した。実施されてから僅か13時間後に「相互関税」は一時停止となったのである。
トランプ大統領が自らのソーシャルメディアTruth Socialに「90日間停止」と書き込んだのは,4月9日付ニューヨーク・タイムズ(NYT電子版)によると,同日9日の午後1時18分(注1)。「相互関税」が実施されてから,僅か13時間後であった。一体何があったのか。
トランプ大統領が方針転換を発表した直後,ホワイトハウスのリービット報道官は,政策の転換をディールの天才,トランプ大統領の成せる技と讃え,ベッセント財務長官も,90日間の停止はトランプ大統領の発案であり,2日,相互関税を発表した後の株価暴落とは無関係だと主張した。しかし,「相互関税」が停止されたのは,株価だけでなく,最後の安全資産とされる米国債の暴落と利回りの急上昇に真因があった。NYTによると,6日(日),べッセント長官は大統領専用機エアフォース・ワンの機中で,市場の危機的状況を大統領に説明し,相互関税の停止を求めた。その後,4月19日付ウォールストリート・ジャーナルによると,9日(水)ベッセント長官は,ナバロ大統領上級顧問が不在の隙に,ラトニック商務長官とともに大統領執務室でトランプ大統領を説得し,90日間の停止が決定されたという(注2)。
この決定の内容は,4月9日付の大統領令「貿易相手国の報復と連携に対応した相互関税の修正」に詳述されている。主な内容は次のとおり。①4月2日に発表した大統領令14257による相互関税は停止するが,4月5日から開始された一律10%の「ベースライン関税」は継続する,②相互関税の停止期間は4月10日午前0時1分から7月9日午前0時1分までの90日間(いずれも東部夏時間),③対象国は中国を除く全ての国・地域とし,④中国に対する相互関税率は84%から125%に引き上げる。
9日付大統領令によって90日間停止されたのは「上乗せ関税部分」との表現も散見されるが,これは誤解を生む。2日に発表された大統領令14257は,相互関税制度が,既存の関税率に追加される一律10%の「ベースライン関税」と,米国との貿易赤字額が大きい57ヵ国(4月2日付大統領令の付属書I)に対する「相互関税」の二つから成るとしている。このうち,後者の「相互関税」は各国に対する米国の貿易赤字額および非関税障壁などを勘案して数値化し,日本24%,中国34%などした。これらの相互関税率は,ベースラインの10%に追加して課税されるものではない。「上乗せ関税」とすると,ベースライン関税に「相互関税」の一部を追加したものとの印象を与えるが,両者は別物であり,「(ベースライン関税に)上乗せ」(された)という言い方は間違いである(注3)。
4月9日付大統領令には,「相互関税制度を規定した4月2日付の大統領令以降,相互関税対象国となった57ヵ国を含む75ヵ国以上の国が,報復措置を採った中国とは違って,非互恵的な貿易取り極めや経済的,国家的安全保障の問題について対処するため米国にアプローチしてきた」と記し,各国との交渉が行われ,交渉の対象が非関税障壁問題以外にも及ぶ可能性を示している。
相互関税実施前後の金融市場の激動からすると,90日間の停止期間終了後,相互関税を7月9日から再び実施に移すことは極めて難しい。そうであれば,日本から始まった相互関税交渉で,米国は少なくとも相互関税の実施に見合う成果を挙げる必要がある。しかし,90日と限定された交渉期間で米国がそれをすべて手にすることはできまい。そうなった場合,単なる交渉期間の延長では,トランプ大統領の体面は保てない。交渉はひとまず,7月4日の独立記念日が大きな節目になるのではなかろうか。
一方,中国の出方も気になる。4月21日,バンス副大統領はインドに到着し,4日間滞在してインドとの交渉を進めている。インドはトランプ政権にどう対応するか。中国は米国との相互関税交渉を急ぐ各国に対して,中国の国益を犠牲にするような米国との協定には断固反対し,そうした国には,必要な措置をとるとしている。対中強硬策を強化する米国,自国の権利と利益を守る決意の中国。トランプ大統領の相互関税政策は両国の対立をさらに激化させている。
[注]
- (1)NYT電子版によると,トランプ大統領は4月9日の午前9時37分,Truth Socialに「今こそ買い時だ!」と投資家を煽っている。
- (2)筆者はウォールストリート・ジャーナルを購読していないため記事を読んでいない。この報道は4月23日付の木内登英「今後のトランプ関税の鍵を握る金融市場とピーター・ナバロ氏」に依った。
- (3)4月7日付の拙稿(前掲IMPACT No.3790)には大統領令の読み違いなどによる誤りがあった。
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