世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3810
世界経済評論IMPACT No.3810

トランプ相互関税を自由貿易秩序再建に生かす好機

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2025.04.28

相互関税発動の背景と特徴

 2025年4月,トランプ米政権は75カ国以上に対して相互関税(Reciprocal Tariffs)を導入することを発表した。この政策は,従来の多国間主義に対する明白な挑戦であり,世界貿易機関(WTO)の精神やルールに明らかに反する。

 しかしながら,この動きを単なる脅威とみなすのではなく,自由貿易秩序再建への好機と捉えるべきである。

 トランプ政権は,米国の膨大な貿易赤字は,相手国の「不公正な貿易慣行」が原因であると主張し,是正手段として10〜50%の幅で国別に異なる相互関税を設定した。相互関税政策では,一律10%のベース関税を課し,残りの上乗せ分は90日間の適用猶予を与えた。各国は強く反発しながらも,米国との二国間交渉に殺到している。

二国間交渉の連鎖がもたらす「力の外交」への懸念

 90日間という限られた時間の中で,75カ国以上と交渉を同時並行で進める以上,米国が各国に個別圧力をかけ,相対的に弱い立場にある国々から一方的譲歩を引き出す「力の外交」に帰着する恐れがある。本来,WTO体制下では,大国・小国を問わず,すべての加盟国に同等の権利と義務が保障され,力の大小に左右されない公正性が支えとなっていた。

 このような「力の外交」的取引が広がれば,ルールに基づく国際秩序の基盤が損なわれる恐れがある。国際社会は,個別譲歩を追求する米国と対峙するだけでなく,多国間主義を再確認し,ルール重視の原則を死守する努力が求められる。

逆転の発想:トランプの交渉力を自由貿易のために生かす

 以上のような懸念にもかかわらず,今回の相互関税発動は,逆に世界にとって自由貿易秩序再構築の好機となりうる。具体的には,米国が二国間交渉で引き出した非関税障壁の緩和,農産品市場の開放などの譲歩を,WTO加盟国全体に対して均霑適用を促すことである。これにより,個別の譲歩が多角的自由化に転化され,WTOの求心力と正統性を高めることができる。

 米国自身も,これにより自国産業の利益を世界市場に拡張する形で正当化でき,外交的にも孤立を避けることができる。要は,トランプ流の交渉成果を「国際公共財」へと変換する発想である。

 過去にも,類似の経験があった。米国が主導していた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は,各国間の二国間交渉や合意が積み重ねられた成果である。米国自体はTPPを離脱したものの,交渉結果の多くは11カ国の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)に引き継がれた。

 また2000年,米国とヨルダンは自由貿易協定を締結し,従来の自由化対象に加え,労働基準と環境保護義務を明示的に規定した。当時としては画期的な試みであり,新たな問題意識は2001年に開始されたWTOドーハ・ラウンドで,環境分野が多国間交渉の議題の一つに採択されるに至った。

 このような観点から,トランプ政権の相互関税政策においても,二国間交渉の成果をWTOの枠組みに反映させることで,世界全体の貿易自由化に貢献する可能性がある。この場合,トランプ政権の双務主義的アプローチも,国際秩序を強化するための「過渡的ステップ」と捉え直すことが出来る。

実現に向けた段階的戦略

 こうした歴史的教訓を踏まえ,トランプ政権の相互関税政策を自由貿易秩序再建の好機とするためには,戦略的かつ段階的な対応が不可欠である。具体的には,次の3つのアプローチが求められる。

 第一に,交渉成果の透明化と共有である。米国との二国間交渉を通じて各国が得た譲歩内容を,国内のみならず国際社会に向けて可視化し,透明性を高める必要がある。交渉が密室で行われたままでは,自由貿易秩序への波及効果は期待できない。各国が交渉結果を積極的に公表することで,後続国が適用可能な共通基準の形成が促進される。

 第二に,WTOにおける多国間化の提案である。二国間交渉で得られた成果を,個別の取引にとどめず,WTOの公式議題として持ち込み,全加盟国に対する共通ルール化を目指すべきである。特に,非関税障壁の削減や規制の透明性向上といったテーマは,WTOの本来の役割とも整合する。これにより,トランプ政権の個別成果を,自由貿易体制全体の強化に転換できる。

 第三に,WTO改革パッケージの構築である。今回の事態を契機に,WTOの紛争解決機能の回復,ルールの現代化,透明性の強化,新たな課題(デジタル貿易・環境貿易)の正式交渉化といった包括的改革に取り組むべきである。相互関税を契機に,自由貿易秩序の「守り」だけでなく,「攻め」の改革を進めることが,未来への投資となる。

 このような段階的かつ戦略的アプローチこそが,米国発の一国主義的動きに対し,自由で開かれた国際経済秩序を守り,進化させるために必要である。

危機をチャンスに変えるために

 トランプ政権の相互関税政策は国際秩序を大きく揺るがしている。だが,自由貿易支持国が冷静かつ戦略的に対応すれば,この危機を自由貿易体制の再建へと転化することは可能である。トランプの交渉力を「自由貿易のために」生かす。それには自由貿易支持国による連携が不可欠である。特に日本やASEANなど自由貿易の恩恵を受けてきた国々は,EU,豪州などルールベースの秩序を支持する国々と連携して,これらの取り組みに貢献すべきである。この逆転の発想こそが,いま求められている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3810.html)

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