世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3577
世界経済評論IMPACT No.3577

大統領選挙前には決着せず:機密文書とジョージア州大統領選介入事件の裁判

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.09.30

 4件のトランプ裁判のうち,連邦最高裁の大統領免責判決が,口止め料事件と連邦議会議事堂襲撃事件の裁判に及ぼしている影響は既報のとおりだが(本コラムの拙稿2024年9月16日付No.3564,9月23日付No.3567参照),残りの2件の裁判(機密文書事件とジョージア州大統領選挙介入事件)は,裁判が大幅に遅れ,11月5日の大統領選挙前に決着することはなくなった。トランプ弁護団の遅延作戦は成功し,有権者は裁判の結果を知らないまま投票することになる。さらに裁判の決着が来年1月20日の新大統領就任式以降となれば,裁判の行方自体がわからなくなる。以下,最近までの状況を見ておこう。

機密文書事件:キャノン判事の起訴棄却,スミス検察官の控訴

 機密文書事件とは,トランプ前大統領(以下,トランプ)が大統領離任時に大量の政府機密文書をフロリダ州パームビーチの私邸マール・ア・ラゴに移送・隠匿し,政府の返還要請を妨害した事件である。ガーランド司法長官が任命したジャック・スミス連邦特別検察官は,2023年6月8日,40件の罪状でトランプを起訴した。しかし,トランプ弁護団の引き伸ばし作戦,裁判長となった南部フロリダ州連邦地裁エイリーン・キャノン判事(注1)の不手際,さらに最高裁による大統領免責審理の開始によって,公判は始まらないままになっていた(本コラムの拙稿2024年4月15日付No.3373参照)。

 こうした状況下で今年7月15日,キャノン判事は,そもそもスミス検察官の任命が違法であるとして,検察による起訴を全面的に棄却した。トランプ側は,この「驚くべき判決」(8月26日付電子版WP:ワシントン・ポスト,9月17日付WPでは「衝撃的判決」)を7月1日の最高裁免責判決に続く勝利だと歓喜した。なお7月15日という日は,トランプがペンシルべニア州バトラーで選挙演説中に狙撃された同月13日の2日後,トランプが大統領候補として指名された共和党全国大会の初日であった。

 スミス検察官の任命が違法だとするキャノン判決は,トランプ弁護団が当初主張していたものと同一である。スミス検察官は直ちに控訴の方針を表明し,8月26日,ジョージア州アトランタにある第11連邦巡回区控訴裁判所(注2)に控訴した。スミス検察官は60ページの控訴状で,連邦特別検察官任命の法的根拠,歴史的経緯,および「ニクソン対米国」事件における最高裁判決を根拠に連邦特別検察官の合法性を詳述し,キャノン判決に反論した。第11連邦巡回区控訴裁判所は9月中旬,この控訴に対するトランプ側の反論に30日間の猶予を認め(注3),反論の提出期限は9月25日から10月25日に延期した。これにより,機密文書事件の控訴裁は大統領選挙後に始まることが決定的となった(注4)。

ジョージア州大統領選挙介入事件

 この事件は,2020年11月の大統領選挙で敗北したトランプが,ジョージア州のラフェンスバーガー州務長官に11,780票を自分の方に付け替えて,バイデンを落選させようと画策した事件。トランプと共同謀議の18人が合計41件の重罪で起訴された後,トランプ側は起訴したジョージア州フルトン郡のファニー・ウイルス検事とその部下であるネイサン・ウエイド検事との個人的関係を暴露した。裁判はこのため本筋から離れているが,フルトン郡高裁の裁判によって,この問題は解決した。しかし,トランプ側が求めるウイルス検事解任要求はまだ決着していない(本コラムの拙稿2024年5月13日付No.3414参照)。

 9月23日付WP,The Trump Trials によると,ジョージア州控訴裁判所は,今年12月,ファニー・ウイルス検事解任要求について審理するが,事件の中核であるトランプの選挙介入事件の審理はトランプ弁護団の遅延戦略によって,さらに遅れることになる。

[注]
  • (1)キャノン判事は,トランプ大統領在任中に指名され,大統領退任の2ヵ月前,2020年11月に南部フロリダ州連邦地裁判事に就任した。
  • (2)フロリダ,ジョージアおよびアラバマの3州は第11連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Eleventh Circuit)の管轄区に所属し,同裁判所はジョージア州アトランタにある。
  • (3)30日間の猶予をトランプ側に認めたのは,スミス検察官が議事堂襲撃事件でトランプの免責はありえないとして180ページの膨大な意見書をチュトカン判事に提出し,トランプ側がこの対応に忙殺されているためである。
  • (4)2024年9月17日付WP, Trump requests more time to reply to appeal of Florida case dismissal.この記事によれば,①第11連邦巡回区控訴裁判所が判決を出すまでには6ヵ月かかることもある,②トランプが再選されれば司法省に控訴を取り下げるよう圧力がかかり,落選すれば控訴手続きは継続され,最高裁まで争われることになろう,③第11連邦巡回区控訴裁判所は機密文書事件のかなり早い段階でキャノン判事が司法省に反対して証拠の外部審査を命じた決定を却下している,と書いている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3577.html)

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