世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3809
世界経済評論IMPACT No.3809

第2次トランプ政権の成立と米印経済関係の展望

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2025.04.28

 今年1月,「米国第一主義」,「MAGA(米国を再び偉大に)」を高く掲げる第2次トランプ政権が成立し,早々に不法移民問題,さらには貿易不均衡の是正をめぐって前例のない強硬手段が矢継ぎ早に打ち出されているが,これは対印関係においても重要課題として大きくクローズアップされることになった。インドは戦略的自律に基づいて国益重視のしたたかな全方位外交を展開しており,米国とは同盟関係にはないものの,包括的グローバル戦略パートナーシップを形成しており,戦略的,経済的両面で緊密な関係を構築しつつある。ここでは第2次トランプ政権の成立が今後の米印経済関係に及ぼす影響について検討する。

緊密化する米印経済関係

 現在,インドにとって米国は最大の貿易相手先であり,対米貿易ではインドは商品貿易,サービス貿易のいずれにおいても,一貫して黒字を計上している。2023年の商品貿易は,対米輸入441億ドルに対して,対米輸出は756.5億ドルとなっている。他方,米国から見ると,印米貿易の規模は9番目に位置しており,貿易赤字幅においても対印貿易は8番目に位置している。インドの米国向け主要輸出品は宝石・宝飾,電気機器(携帯電話を含む),医薬品,アパレル・繊維製品等であり,米国からの輸入品目では鉱物燃料・石油がトップを占めている。

 外国直接投資(FDI)では,税制上の特典があるモーリシャスとシンガポールを別にすれば,主要国の中では米国がオランダ,日本,イギリスを上回る重要な対印投資国であり,2022年度には60億ドル,23年度には50億ドルを計上しており,その多くはサービス部門,それにコンピュータ・ソフトウェア&ハードウェアに集中している。

 さらに米印経済関係において重要なリンクをなしているのが米国在住のインド系移民の存在である。インド外務省のデータによれば,2024年5月現在,非居住インド人(NRI)とインド出自人(PIO)を含め,米国に居住するインド系移民は541万人に及んでいる。彼らの多くは高学歴でプロフェッショナルが多く,その1世帯当たりの年収は米国平均のほぼ2倍に相当する13万6000ドルに及んでおり,米国社会に大きく貢献する存在になっている。

クローズアップされた2つの課題

 不法移民対策の第1弾として,今年2月5日,メキシコ国境から不法に米国に入国したインド人104人が手錠を施錠されたまま軍用機で強制送還された。今後,さらに2万人の不法移民者が両国政府合意の下で強制送還される見通しである。2024年現在,米国でのインド系不法移民は72.5万人にも及ぶとされるが(注1),留意されるべきは,不法に米国に入国した者は一部であり,その大半がグリーンカード(合法的永住資格証明)の取得を目指しつつも,一定期間を超えて米国内で居住し,就労している「書類なき移民」(undocumented immigrants)であるという実態である。

 さらに貿易不均衡をめぐっては,今年2月13日の「公正かつ相互的なプラン」を内容とする大統領令,さらには3月4日の上下両院合同会議での施政演説において,EU,中国,ブラジル,メキシコ,カナダ,韓国と並んでインドの不公正貿易(高関税)が名指しで問題視された。ちなみに2023年現在,米印両国の関税率(全商品平均)を見ると,それぞれ米国は3.3%(農産物の場合には5%),インドは17.0%(同,38%)であった(注2)。

 今年4月2日,トランプ政権は対米貿易黒字を計上している59カ国(地域)を対象に基本税率10%を上回る相互関税を発表し,世界を震撼させた。ただし,その1週間後,相互関税の適用は中国を除いて90日間猶予されることになった。インドからの輸入品に適用される相互関税は26%(日本は24%)とされ,中国の34%(その後,145%に引き上げ),タイの36%,バングラデシュの37%,ベトナムの46%よりも低めに設定されてはいるものの,相互関税が一律に適用された場合には,インドの対米輸出が大きな打撃を受けることは必至である。

モディ首相の訪米と印米貿易協定締結への動き

 留意すべきは,今年2月13日,第2次トランプ政権発足後,ホワイトハウスを訪問した4番目の外国首脳として,モディ首相が訪問先のフランスから米国に直行し,米印首脳会談が行われたことである。インド人不法移民者が強制送還され,さらにはインドの高関税が槍玉に上げられるなど,やや波乱含みの状況の中で開催された首脳会談であったが,事前にバーボンやオートバイなど一部品目の関税引き下げ措置を講じるなど,インド側の用意周到な対応もあって,首脳会談では米印間の包括的グローバル戦略的パートナーシップの重要性が再確認される結果となった。

 首脳会談後の共同声明では,バイデン政権時代に打ち出されたiCET(重要・新興技術に関する米印イニシアティブ)を引き継ぐべく,軍事,通商,技術分野での協力関係の刷新を目指した「21世紀印米COMPACT」が具体性をもって提示された。貿易面では,今後,両国間の貿易規模を2030年までに現在の約2.5倍に相当する5000億ドルに拡大させるとの野心的目標が提示されるとともに,米印貿易協定の締結に向けた交渉が開始されることになった。

 今年9月,クアッド首脳会合のためトランプ大統領の訪印が予定されており,それまでに米印貿易協定の締結に向けた具体的対応が求められることになる。インド側としては,関税引き下げや非関税障壁の撤廃を図りつつ,原油・天然ガス,兵器など米国からの輸入拡大が求められることになるが,他方では協定締結に向けた交渉の場を通じて相互関税の引き下げに漕ぎつける公算である。米印貿易協定の締結は米国にとっても大きな関心事であり,4月下旬にバンス副大統領が家族を伴って訪印した際の目的の一つは二国間貿易交渉の促進にあった。

今後の展望

 アメリカ・ファーストを掲げる第2次トランプ政権は,不法移民問題に対し強硬策に訴えるとともに,相互関税を伴う一方的な関税政策を打ち出し,世界を震撼させた。不法移民問題についていえば,インドの在米不法移民の大多数は「書類なき移民」であり,そこには高度人材が多く含まれている。彼らが帰国に追い込まれることになれば,米国にとっては損失である反面,むしろインド側がその頭脳還流を歓迎するという構図も想定される。

 また関税問題については,インドは対米貿易の黒字国として,その高関税はトランプ政権から恰好な標的とされているが,他方では印米共同声明でも謳われているように,印米貿易協定を提携すべく,二国間で貿易障壁をめぐる問題が協議されることになっている。ちなみに高関税や非関税障壁の是正を含む規制緩和は,現状打開に反対の各種グループからの政治的抵抗が予想されるものの,経済成長を期すためには避けて通れない課題でもある。

 2047年までに先進国入りを目指すインドにとっては,製造業の力強い発展が不可欠であり,目下,エレクトロニクス,半導体産業の振興に注力している。米国ではすでにバイデン政権時代より,中国台頭を睨みつつ,国内製造業の復権を図るべく,フレンドショアリングの下で先端技術分野の幅広い協力関係を打ち出されており,このことはインドのハードウェア能力を増強する上で重要な役割を果たしている。

 第2次トランプ政権はディール外交を展開し,未知数な要素を抱えてはいるものの,共同声明でも謳われているように,米印両国は共にクアッドのメンバーでもあり,インド太平洋を舞台にして,互いの戦略的利益が収斂・深化している間柄にある。インドにとっては,中長期的に持続的な高レベル成長を図るためにも,米国との経済関係の緊密化は必然的に望まれるところである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3809.html)

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