世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
インド新幹線事業で浮上した直近の課題
(拓殖大学 名誉教授)
2024.11.18
目下,ムンバイ・アーメダバード間で新幹線方式に基づく高速鉄道路線が建設中である。2015年12月の安倍・モディ両首相の首脳会談で最終決定されたプロジェクトであり,新幹線方式の一式導入はインドが最初である。ちなみ台湾で走行している新幹線では,信号システムはフランス式である。軌間(ゲージ)についても,インド国鉄では広軌(1676mm)が一般的であるが,日本方式の標準軌(1435mm)が採用されるようになった。営業最高時速が320km/hで,全長508kmの区間の走行時間は現行の約8時間から約2時間に短縮される見込みである。
総工費は約9763.6億ルピー(約1兆8000億円)と見積もられ,このうち7900億ルピー(全体の80.9%)を日本のODA(融資条件:貸付期間50年,返済猶予15年,利子率0.1%)でカバーすることになっている。こうした破格の融資条件がこれだけの大規模プロジェクトに適用されたのは前例がないケースである。同年9月,インドネシアでの高速鉄道採用に際して,日本側が最終段階で中国に逆転勝利されたという苦い経験を味あわされたことに伴い,そうした轍を踏むことのないよう,融資面でインド側に有利な提案をしたことが,正式決定に向けての大きな後押しになったとされる。
ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道(MAHSR)はほぼ全線高架とされ,土木・建設工事にはインド初の7㎞の海底鉄道トンネル建設も含まれている。工事は2018年に開始され,当初,23年までに全線開通することが目指されたが,27年までに延期された。マハラシュトラ州の一部地域で抗議デモが展開され,さらには19年10月から22年6月までの期間中,高速鉄道プロジェクトに批判的な政権が同州で成立したことに伴い,用地収用が停滞したことが主たる原因であった。その後,事態は改善され,用地収用は今年1月には100%完了した。インド高速鉄道公社(NHSCL)による土木・建設工事の発注・契約もすべて完了しており,昨年5月には海外鉄道技術協力協会(JASRTS)による技術研修コースも開始された。ちなみにインド人の研修,さらには車両,運行などの技術移転面で責任を負っているのがJR東日本である。
ここに来て看過できない問題が生じてきた。肝心の新幹線車両の製造をめぐって,両国間での齟齬が表面化するようになったためである。そもそも円借款の融資条件として,ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道においては,デリー・ムンバイ間貨物専用鉄道の際に適用された本邦技術活用条件(STEP)(注1)ではなく,二国間タイドが適用された。そのため工事の各パッケージについては,競争入札に基づいて,日印どちらかが担当することになっている。ちなみに鉄道車両について,インド側は競争入札を希望していたのに対して,日本側は日立・川重の二社連合に基づいて新幹線E5系を160両提供するという方針で固まっていた。
インド側が特に問題視したのは,車両のコストである。10編成当たりの見積コストについて,2018年時点で提示された額は38.9億ルピーであったが,さらに昨年になって46億ルピーに引き上げられた。いずれもインド側の希望価格を大きく上回るレベルであったため,それに難色を示したインド側は,今年6月,インド国鉄子会社のIntegral Coach Factory (ICF)に対して,営業時速220km(最高時速250km)の高速列車の製造を要請したとされ(注2),さらに今年9月,ICFは国営BEML社に対して1車両当たり2億7860万ルピーの価格で26年末までに最高時速280kmの高速列車の納入を発注したとされる(注3)。
これまでインドが製造してきた高速列車の最高時速は高々180kmであり,果たして26年末までに新幹線車両に代替できるような車両を製造できるかどうかははなはだ未知数である。またインドがMAHSRにインド国産車両を最初から導入することにどこまで本気に傾いているのかどうかも定かではない。重要なことは,新幹線方式の採用に基づいたMAHSRプロジェクトは日印間での合意事項であり,そこで新幹線車両が走行しなければ,折角,オールジャパンで取り組んできた壮大なプロジェクトであっても,最終的には画竜点睛を欠いたものとなるということである。今後の日本の海外インフラ輸出の新たな扉を開くためにも,ぜひともチームジャパンの総力を結集して,新幹線E5系車両の導入に向けてインド側との間で合意に達することが求められる。
[注]
- (1)資材の3割は日本からの調達が義務付けられ,入札では日本企業が主契約者になることが求められる。
- (2)The Economic Times, June 7, 2024.
- (3)The Economic Times, October 16, 2024.
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