世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「米国第一主義」に徹するトランプ第47代大統領:そのリスク
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.01.27
数年振りの激しい寒波の来襲で,トランプ大統領の就任式は室内,連邦議会議事堂の中央にあるロタンダ(円形ホール)で行われた。昨年12月29日に亡くなったカーター第39代大統領の棺が安置されていた場所である。バイデン前大統領の大統領令により,国旗は1ヵ月間半旗となっていたが,トランプ第47代大統領による1月20日付大統領令によって,今回を含めて,今後の大統領就任式の日の国旗は半旗の場合でも全旗掲揚に変更された。
ロタンダには最大で800席しか置けない。超満員のホールで就任式と29分の就任演説が行われ,「トランプ政権では常に,非常にシンプルに,米国を第1に考える」,「米国は再び製造国になる」,「グリーン・ニューディール政策は本日で終わらせる」,「米国は宇宙に対する明白な天命を追求する」などと演説し,ウクライナなど海外の課題には全く言及しなかった。このあと,別のホールで「2020年の選挙は不正だった」など就任演説とは違った演説を行い,その後同市中心部にある2万人収容のキャピタル・ワン・アリーナで歓迎行事に参加した。その最後に,舞台に置かれた机で,ワシントン・ポスト紙によると26本の大統領令に署名した(注1)。
なお,ロタンダで行われた宣誓式では,トランプ大統領は右手の前腕を上に伸ばしているが,左手の手の平はメラニア夫人が両手に載せた2冊の聖書(1冊はリンカーン大統領が使っていたもの)の上には置いていない。筆者はアレッ? と思ったが,米国憲法は聖書に手を置くことを規定していない。聖書に手を置くのは,ジョージ・ワシントン初代大統領以来の伝統だが,憲法が定めているのは宣誓の行為とその文言だけである(憲法第2条1節7項)。
公約した新たな関税賦課は4月からか
選挙戦でも当選後の活発な発言でも,トランプは関税の賦課を頻繁に主張していたが,おかしなことに,就任演説では全く関税に触れていない。言及した具体的な経済施策は,電気自動車普及策の撤回などだけだ。
キャピタル・ワン・アリーナでも,どんな大統領令に署名したのかわからない。しかし,個々の大統領令などはホワイトハウスのホームページに掲載されている。この中で貿易関係は「米国第一主義の貿易政策」(America First Trade Policy)である。その内容を筆者は,関税引き上等を何月何日から実施すると唐突に発表することはせず,手順に従って実行すると解釈した。その手順とは,まず①「米国の貿易政策」の課題を,(a)不公正かつ不均衡な貿易への対処(11項目),(b)中国との経済および通商関係(5項目),(c)経済安全保障に関する追加事項(7項目),の3つに分ける,②各項目の担当を財務省,商務省,USTR,OMBに振り分け,③各担当省等が各項目について調査し,適切な措置を大統領に勧告する,④大統領に対する勧告,報告の期限は2025年4月1日とする(4月30日とするのはOMB担当の1件のみ)(注2)。
署名後,トランプ大統領は,記者からカナダ,メキシコに対する25%の関税はいつから実施するのかと聞かれ,「2月1日」と答えたが,これは間違いであろう。墨加両国に対する25%の関税賦課は,「米国第一主義の貿易政策」の中の「不公正かつ不均衡な貿易への対処」のc項〔他国によるあらゆる不公正な貿易慣行を調査,特定し,それらへの対抗処置を勧告する〕,あるいはd項〔2026年7月の米墨加協定(USMCA)見直しに備え,同協定への参加継続の是非を勧告する〕の担当となったUSTRが,2025年4月1日までに大統領に報告すると定められているので,大統領が両国への課税を決定するのは,4月2日以降となり,2月1日とはならないはずである(注:この大統領令には,大統領が報告を受けてから決定を下すまでの日数が規定されていない)。
全世界からの全輸入品に一律10~20%の関税賦課,あるいは全対中輸入品に一律60%の追加関税賦課というトランプ公約も,「米国第一主義の貿易政策」には特に規定されていない。このため,これらの公約も,上記c項および「中国との経済および通商関係」の項に従って,担当するUSTRが2025年4月1日までに大統領に勧告し,大統領が実施を決定するものと理解される。従って,両公約が4月1日以前に実施されることはないはずである。
なお,中国に対する最恵国待遇(米国では恒久的正常貿易関係(PNTR)という)を撤回するというトランプ公約については,商務長官がPNTRを評価し,修正すべきか大統領に提案する,と「米国第一主義の貿易政策」に明記されている。
[注]
- (1)トランプ大統領はホワイトハウスの大統領執務室で大統領令に署名している。キャピタル・ワン・アリーナでの署名は観衆のためのショーだったのではなかろうか。筆者は両方を動画で見ている。
- (2)ジェトロ「ビジネス短信」(1月22日付「トランプ米大統領,米国第一の通商政策発表,安全保障脅かす輸入の調査など指示」の添付資料は「米国第一の通商政策」の複雑な内容を分かりやすい一表にまとめている。本稿はこの表に依った。
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