世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3584
世界経済評論IMPACT No.3584

中道左派の退潮と中道右派の台頭:イタリア

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)

2024.10.07

 中道革新勢力が選挙のたびに後退し,同時に極左勢力の頭打ちも顕在化する。他方,中道右派と極右と位置づけられる保守中道右派勢力の拡大伸長が定着しつつある。この流れの背景として,3つの対立軸,経済(民営化,規制,税制,移民,原発),文化社会(中絶,尊厳死,同性婚,ジェンダー),グローバル国際問題(自由化,多国間主義,EU,ユーロ,ウクライナ)(注1)の違いが指摘されるが,それだけでも十分な説得力のある説明には至らない。選挙結果に加えてその国の置かれた状況や,もう少し時計の針の動きの裏側に入ってみる必要があるのか。

 資本主義経済は1930年代の大不況の後は,大企業グループやカルテルなど,自由競争を阻害し,市場を歪める競争制限的なビジネス主体の時代に入った。このような寡占的企業行動に対して,当時「小さな政府」でしかなかった行政機構は,自らの権限を強化することで対抗しようとした。ところが今では,ネオリベラリズムにおける競争政策の標的はいつの間にか肥大化していった政府や行政機構に向けられるようになった。ロビー活動や利益団体の圧力に対抗できる政府や国家を志向していたのに,ネオリベラズムの軸足が中道左派から中道右派に移動してしまったかにようである。

 第2次大戦後に奇跡の復興を実現したのは,「エアハルトの奇跡」と言われるドイツや,「栄光の30年間」と名付けられるフランスだけではなくイタリアでもそうであったことを忘れてはならない。8つの王公国が散在していたイタリア半島を統一国家に至らしめたあの「リソルジメント」(Risorgimento)運動,あるいはイタリア型自由社会主義,そして戦後の「イレデンタ」(irredentismo)未回収地域返還運動などは経済的成果でもあった。これは戦後,暫くして1990年に東ドイツを統一国家として復帰させたドイツ連邦国家の誕生と似た地政学的事情があるとさえフランスの社会学者ロザンヴァロン(Pierre Rosanvallon)らは指摘する(注2)。イタリアの特徴は中部イタリア3州を拠点にローマに本部を持つ西側最大の勢力だった共産党の影響が大きい。イタリア共産党のキリスト教民主党などとの歴史的妥協,国営複合企業IRIの総裁を据えた「オリーブの木」(Ulivo)運動などを経た現在の民主党などの中道左派はイタリア第2共和制の主流な政党であった。広義の意味で戦後のイタリアの復興はイレデンタ運動や「オリーブの木」運動の勝利に負うところがある。

 挙国一致内閣となった欧州中央銀行元総裁のドラギ首相政権の総辞職を受けた2022年7月22日のイタリア総選挙では。右寄りのポスト・ファシスト中道保守政党の北部イタリアと,中道左派の「5つの星」党系の南部イタリアという2つの全国を分ける構図が明確になり,イタリアが改めて統一されず分裂した国であることを曝け出した。「イタリアの同胞」党は北部のほとんどすべてと中央部地域でも勝利した。不安定な政治情勢が続いていたイタリアでは1948年の共和国憲法制定と王政廃止による第1共和政から,1994年以降の第2共和政への移行に期待が集まった。この時期,中道左派の民主党と中道右派のフォルツア・イタリアなどが提携する政党連合「自由の家」の2大政党グループが主流であったが,2010年代,他の西欧ではすでに中道左派の社会民主主義政党の衰退が顕著であった。逆にイタリアでは中道右派勢力が当時は縮小傾向にあった。そこに登場したのが「イタリアの同胞」(FDI)を率いたジョルジア・メローニである。2024年6月の欧州議会選挙ではFDIなどの中道右派連合ECR(European Conservatives and Reformists欧州保守改革)が圧勝した。ここでも「イタリアの同胞」,同盟,フォルツ・イタリアの右派連合が民主党と「5つの星」運動の左派政党を抑えて,中道政治の保守右傾化が一層明確になり,中道右派のネオリベラリズムが確認されるようになった。メローニは「自分は中道保守本流であり極右ではない」とし,ハンガリーのフィデスのオルバン,フランスの国民運動ルペン,スペインの極右党VOXアバスカルとは一線を画すことを強調する。現在のイタリアの議院内閣制を大統領内閣制に変更する憲法改正提案,反イスラム,反LGBT(性的少数者),反中絶,同性婚禁止,安楽死反対,反グリーン化,欧州以外移民受入反対,反多文化主義,欧州統合懐疑派,保護貿易,など保守色は色濃いが,中国の一帯一路からの脱退,NATOへの加盟,ウクライナ支援など西側路線を明確にしている。サルデーニアとシチリアの島出身の両親の間に1977年生まれ南イタリアで育った。ローマ市長選挙の敗退などあったが,2020年総選挙と2022年欧州議会選挙で圧勝するなどその政治スタイルは国際的にも評価されるようになってきた。八十田博人も指摘するようにFDIは内実ともに極右というより中道右派に位置づけなければならいであろう(注3,4)。

 このようなネリベラリズムの現実は,日本にとっても決して他人事ではない。それどころか日本の立憲民主党の新たな代表に選出された野田佳彦は中道保守路線に舵を切ると言明している(注5)。安全保障や原発問題における保守政党の立場にも接近するような中道的な考え方も包摂できる政策がなければ政権への道は難しいとの認識であろう。イタリアのメローニ首相,日本の石破新総理,野田佳彦党首とも今や中道保守と位置づけられる。スターマー英国労働党はブレア時代の「第3の道」を超える「第4の道」を志向している。

[注]
  • (1)NIRA2020年 谷口将紀
  • (2)Pierre Rosanvallon, L’Age de l’autogestion, Le socialisme libéral, La Découverte, p.99
  • (3)「世界経済評論」2022年11/12月号,p.85
  • (4)八十田博人,「ユーロ達成後のイタリア中道右派の欧州化への対応」,日EU学会年俸第23号,p.140-160
  • (5)日本経済新聞9月25日朝刊,3頁
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3584.html)

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