世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ政策の解明の為に
(北星学園大学 名誉教授)
2025.04.21
第二次大戦後のIMFとGATTによるウルグアイラウンド体制は,世界経済を市場主義によるグローバル化へ促進させた。しかし,その中心的役割を担ったアメリカをはじめとする先進国経済は,近年長期衰退の兆候を見せ始めた。特にアメリカ経済は財政赤字,貿易赤字の拡大,インフレの増加,失業率の拡大等の経済悪化の兆候が一段と高くなった。そうした中で大統領に就任したのが,共和党出身のドナルド・トランプである。その一期政権時には議会や司法に強権を発動し,国際社会に対してはTPPやパリ協定からの脱退,NATOからの引き上げを匂わせた。今日トランプが世界を大混乱に陥れようとしているのが,言うまでもなく貿易に関する相互関税(本稿執筆時は発効猶予期間で一律10%)を世界各国に対して即時実行するという自己中心的行為の発動宣言である。これは戦後の世界経済体制に対する挑戦であることは言うまでもない。経済学では貿易関税論は伝統的にリカードの相互関税論が最も重視されてきたが,それは大国が小国を関税で打ち負かすのとは真反対の理論である。トランプにはいうまでもなく経済学の理論はない。理解できない。あるのは自身の不動産ビジネスの感覚だけである。そして彼の言う「アメリカファースト」(実は自分ファースト)に基づく行動のみである。これは明らかに世界経済を大混乱に陥れ,第二次世界大戦の始まり時点と同じような環境を招くことになるとトランプとその支持者以外は想定したのはいうまでもない。話は途中になるが,筆者が何故いまさらのように本稿を書きだしたかといえば,実は忘れてはならない認識を示した論文(中央公論2025MAY:岩井克人氏の『アメリカの暴走と日本世界史的使命』)に遭遇したからである。岩井氏はつとに知られた国際金融論の大家であり,筆者もこれまでいくつかの著作に接して来たが,これほど興奮して読んだ氏の論文はなかった。色々教えられたが特に筆者の無知を激しく刺激したのは“アメリカは「覇権国」ではなく「基軸国」である”こと。それは次のような文章からなっている。
『トランプの対外政策の基本は“アメリカ第一主義”です。第二次大戦後,貿易金融,外交,安全保障などあらゆる国際関係において,アメリカは“覇権国”であることによって,自由民主主義陣営全体の利益を考慮する政策を行ってきました。だが,それは産業の空洞化,ドルの過剰供給,過大な対外援助,過剰な軍事費など,多大な犠牲を払い,アメリカの国力を消耗させてしまった。だからいまのアメリカは“覇権国”を放棄し,自国の利益を追求していくという立場です。これは大いなる誤算です。何故ならば,アメリカは“覇権国”ではなく,“基軸国”であるからです。“覇権国”とは,自らの経済力や軍事力によって,多くの国を支配していく国のことです。かつてのローマ帝国や大英帝国は,まさにその意味での覇権国と言えます。では,アメリカが“基軸国”であるとはどういう意味でしょうか? それは国際関係において,アメリカがネットワークのハブになっていることです。すなわち,自分以外の国同士を,自分を媒介として結びつけることです。すなわち米ドルは基軸貨幣なのです』。
実はこの論文は後段部分で日本の役割についても貴重な示唆を与えてくれており,私にとっては極めて重要であったが紙幅の関係で本稿での紹介は控える。
私は別稿でトランプ関税を含めた小論を書いていたのだが,岩井克人氏の論文を読んで筆を止めた。私はデモクラシーの関係で論じようとデモクラシーの矛盾について考えを巡らせていたが,トランプの政策に対抗するには私の小論では不十分と考えた。同時に岩井氏クラスの論文は新聞などの主要メディアではあまり目にしないが,中央公論などの雑誌で取り上げることを高く評価する。本稿で岩井氏の論文について触れたことは,我々日本人の知的レベルを上げ,国際社会に対する貢献に役立ててもらいたいと思ったからである。長い間国際金融論の研究者として地道に研究されている岩井氏の見事なトランプ政策解明の論文に出会えたことを心から感謝して本稿を閉じる。
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