世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3723
世界経済評論IMPACT No.3723

アメリカ民主体制は崩壊するのか

原 勲

(北星学園大学 名誉教授)

2025.02.17

 第二次トランプ政権の成立によって,アメリカの民主主義が崩壊するのではないかという懸念が深まっている。確かに前回の大統領選挙後の国会議事堂襲撃事件を見,今また新たな高関税による経済支配体制を目論み,ガザから定住民パレスティナ人の排除構想の提案を声高に展開するトランプ大統領を,民主主義国家の代表者の正しい行動として評価することは全く出来ない。このような異常な大統領を選んだアメリカ国民は一体何故このように変質したのか。アメリカは18世紀の産業革命期に自由の大地としてアメリカを選択し,当初はヨーロッパ人を中心に移民した人々で独立した国家である。自由の女神像がその象徴であることを知らない人は殆どいない。しかしそのアメリカはトランプ大統領の言質にみるように,不法移民を対象とすると言っているが,基本的には移民拒否の姿勢が根底にある。そこで,アメリカ創立期の政治経済を著したガルブレイスはどのように記述しているのかを見る。そしてもう一つ激烈な大統領選を戦ってきた民主,共和の二大政党出身の大統領は如何なる政党を母体にしてきたのかを探してみた。

 「歴史を知らなければ経済学はわからない」と述べた著名な政治経済学者ガルブレイスは次のように語っている。「この建国期のアメリカの企業経営者たちは政治や力ある人を全く頼ることなくひたすら懸命に働いて身を立て,社会に貢献しようとした」と強調して書いている。 このような経営者の一人がスコットランドの貧しい鍛冶屋の息子であったアーノルド・カーネギーである。彼はのちに巨万の富を築き,他方でカーネギーホールをはじめ多くの社会施設を建立した。そして自分の墓標に「己れより優れた人々と働いた人間ここに眠れる」と書き残したことでも知られる。そして何よりも世界第一の鉄鋼会社USスチールの創業者である。この国家の象徴企業が存亡の危機にあるのは,アメリカの信条として許されざることであり,少なくともアメリカから消え去る可能性は大きいのが事実とすれば,何としても防衛しなければならないと考えるのは解らないことではない。

 しかし,トランプ氏と日本の現首相石破氏の会談では,日鉄による買収ではなく投資である点で合意したという話は難しく,結果的には誰の理解も得られないことになる懸念がある。現に当事者の日鉄ですらこの会談の合意構想を本意としていない。いずれにせよ国家が民間の経営に深く介入し,また実現不可能なことを直接強要することが万が一あるようになれば,これまで正当な企業経営を営むことで世界モデルとされてきたアメリカの経営者像も著しく遜色を欠くことにもなる。むしろこの点は本来事業家であるトランプ氏が最も熟知しているはずの問題であるはずだ。それともアメリカファーストの一角は崩れさり,もはや古き良き時代は遠くに消え去ったのだろうか。

 さて次にアメリカの二元的民主主義制度の柱である1789年のワシントンから2025年のトランプ大統領までの236年間,47代(重複を含めて47人)の大統領に焦点あて,民主党,共和党の二大政党の関係を考える。実は民主党,共和党から選出された大統領はそれぞれ17人。34人の大統領が二大政党からいみじくも同数選出されている。それ以外の政党も6人は民主共和党出身であり,残りの4人のみがそれ以外の政党出身である。ちなみに初代のジョージ・ワシントンは2回大統領を務めたがいずれも無所属である。以上の大統領の選出母体政党を見る限り,民主,共和の二大政党出身者が選出されているのは刮目すべきである。なお1861年第16代大統領エイブラハム・リンカーン大統領は,共和党出身の大統領として初めて就任した大統領である。その意味では共和党は民主党よりも新しく生まれた政党であるともいえる。トランプ大統領は共和党大統領であり,直前の共和党大統領はジョージ・ブッシュ氏である(1993年まで)。そして出身職業が弁護士である大統領が半数以上を占めているほか軍属や政府関係出身者がほとんどである。民間出身者はゼロで,民間企業経営者出身はドナルド・トランプ大統領以外にいない。トランプ氏は初めてなった民間不動産事業者である。

 さてアメリカの民主体制にいくばくかの関係を見出すことが出来るかは分からないが,筆者が最も気になっているアメリカの現状,すなわち,今のアメリカは経済的に追い込まれているという懸念である。この点を経済指標でみれば明らかな事だが,それにもかかわらず外向きに知らされている経済状況はGDPをはじめ殆どアメリカ第一主義とでもいえることが大半である。これが,世界がアメリカを過大評価する原因であると同時にアメリカの自己認識に多くの誤りを犯す要因ではないかと考える。

 このことを実証するために「主要国経済指標」(外務省経済局)からアメリカの主な経済指標を日米で比較する形で拾い上げてみよう。

  • ・失業率(2019~23年 年平均):米国 4.90%,日本 2.64%
  • ・物価上昇率(2019~23年 年平均):米国 3.96%,日本 1.20%
  • ・財政収支率(名目GDP比赤字2021~25年※年平均):米国 7.76%,日本 3.90%
  •   ※2025年は2月12日までの平均。
  • ・名目長期金利(2019~23年 年平均):米国 2.27%,日本 0.15%
  • ・貿易変化率(2019~23年 年輸出平均):米国 4.94%,日本 5.16%

 上記の指標はすべての経済指標を抽出したものではないし,年平均の数値を裏付ける実態を即断することは出来ないが,米国民の経済実態をおおよそ検討付ける事は出来る。詳細はこの統計を作成した公式の統計によってより詳細に検討できるのでそちらをご覧頂きたいが,ここに示した簡単な日米の比較指標からも重要な推察可能な視点が浮かび上がってくるだろう。米国の国民経済は明らかに厳しい状態にある。そしてそれを改善すべき財政,貿易という国策は実際に限界にきていることは明白である。ここに示した指標は民間経済活動の成果によってもたらされたものであるが,トータルな経済行為の結果は紛れもなく政府の政策によっている。そして筆者の予測ではトランプ大統領はこれらの詳細な実態を知らない。勿論これらの細部の検討は専門の行政スタッフ,そして議会が対応するのが常道である。トランプ氏は不動産事業の経営者であり,ガザを購入して観光地にする構想やグリーンランドを購入するなどという驚くべき提案をしているが,遺憾ながらノーマルな政治家の発言とは全く異なっている。また経済自体の細部な政策課題の整理は官僚の業務であるが,全く素人の経済人イーロン・マスク氏に丸投げしている。マスク氏も行政経験は全くないから,行政システムの正当な姿を到底描くことは出来ない。ただ200万人に及ぶ公務員を解雇することによって財政再建に寄与すると言っている。またUSAIDのような自国民のみならず世界市民をも対象とした福祉事業をおこなっているこの行政組織は最も早く廃止するといって既に退職者を募集し始めている。ジョン・F・ケネディが創設したこの福祉行政組織を最初に処分すると言って顰蹙,反発行動も生み出している。

 アメリカは何故この独裁者を選んだのか。プーチンのウクライナ進行を呆然と見送ったとしか思えないレーガン大統領から,世界平和実現等は夢想すらできない状態の中にいる多くの共和党支持者も又呆然とトランプ氏の振る舞いを黙認しているだけなのか。長い伝統と歴史の中で身を捨てて国家の為に身を尽くした多数のアメリカ人が今も昔もいるのを我々日本人も知っている。この危機の時代に我々もまたアメリカを愛する一般の国民と共感してこの危機の時代を乗り越える方法を考える選択もある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3723.html)

関連記事

原 勲

最新のコラム