世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
90日の猶予期間中に何が起きるのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.04.21
円ドル為替レート調整の議論の行方
トランプ米政権は,4月9日に示した相互関税の上乗せ分を,報復措置を発動せず米国との交渉を求める国について90日間停止しました。猶予期間中に米国と日本や他の国々との交渉がまとまるのか,何が起きるのか,予想がつきませんが,3つの注目点を示しておきます。
日本にとっては,日米交渉での円ドル為替レート調整の議論の行方が注目されます。米国の対日貿易赤字を削減する上では,関税より為替レートの調整の方が効果的でしょう。日本にとっては,関税も円高も景気にはマイナスですが,物価上昇を抑える上では円高が望ましい面もあります。円米ドル為替レートの適正水準を探るため,2月24日付の本コラム「円ドル為替レートの行方」で示した推計モデルをアップデートしてみました。
モデルの基本的な構造は変えておらず,被説明変数(F)を(円ドル為替レート/購買力平価為替レート)とし,購買力平価為替レートはGDPデフレーターを基準にしています。相対生産性(P)は,労働力人口1人当たり潜在GDPの相対値(米国/日本,1980年1-3月期=100)をとっています。もう1つの説明変数である金利差(R)は,米国の10年物財務省証券利回りと日本の10年物国債利回りの差です。四半期データを用い,推計期間は1980年1-3月期から2025年1-3月期です。最小二乗法による推計結果は以下の通りです。
- F=0.0242P+0.0665R-1.688
- t値:P(22.34),R(7.61),定数(-14.52) 補正済決定係数:0.736 標準誤差:0.133
データの出所は以下の通りです。
- 円ドル為替レート(東京市場17時時点,期末値):日本銀行
- GDPデフレーター:日本は内閣府経済社会総合研究所,米国は商務省経済分析局
- 潜在GDP:日本は内閣府月例経済報告,米国は議会予算局
- 労働力人口:日本は総務省統計局,米国は労働省労働統計局
- 10年物国債利回り:日本(期末値,1986年4-6月期までは9年債利回り)は財務省国債金利情報,米国(期末月の月中平均値)はFed
この推計モデルによれば,3月末時点での適正水準は1米ドル=約129円となります。ただ,米国側が相互関税上乗せ分を取り下げる条件として,もっと大幅な円高を求めてくる可能性もあります。
米国のスタグフレーションの懸念と金融政策
相互関税の上乗せ分の発動が停止されても,10%の一律関税,自動車関税,中国との関税合戦が米国経済に悪影響を及ぼすことには変わりありません。物価上昇と景気悪化が同時進行するスタグフレーションの懸念が高まっています。物価と景気の板挟みになってFedは動きが取りにくく,5月6,7日のFOMCでの金融政策変更は,見送られる見込みです。
家計や企業の警戒感が高まって消費支出や雇用が削減され,景気悪化が顕著になってインフレ懸念の方は薄れれば,Fedは利下げを再開するでしょう。4,5月分のISM製造業・非製造業景気指数,雇用統計,消費者物価指数,小売売上高などの経済指標の動きが注目されます。早ければ6月17,18日のFOMCでの利下げもありえるでしょう。米国の利下げが進み始めると,日米交渉の行方にかかわらず,円高,ドル安の流れが強まりそうです。
トランプ大統領の支持率低下
第三の注目点はトランプ大統領の支持率であり,おそらくトランプ大統領が最も重視する要因でしょう。トランプ大統領は横暴な独裁者というより,米国の世論に敏感に反応するポピュリスト的性格の方が強いようです。ラスムセン社が毎日発表している大統領支持率では,トランプ支持率は,2017年の第一次政権発足時と比べてやや高い水準を維持し,4月2日時点で50%でしたが,米国内でも高率の関税賦課の負の影響が意識されたことなどから,7~10日に一旦47%まで低下しました。相互関税の上乗せ分発動停止は,そうした支持率低下を意識した面もありそうです。支持率はその後再び上昇し,15,16日には50%へと回復しました。今後再び支持率が低下した場合,トランプ大統領が関税措置に対する姿勢を軟化させるかもしれません。ただ,その場合,代わりに為替レートの調整をより強く要求してきそうです。また,失業率が急上昇した場合,雇用保護を名目に,関税措置に関してもむしろ強硬姿勢を強める可能性もあるでしょう。
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