世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3800
世界経済評論IMPACT No.3800

Valuation Strategiesなど関税対策は色々あるが

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 研究主幹)

2025.04.21

 4月2日のトランプ関税砲で世界が揺れている(その後,米政府は報復措置をとらない国や地域に対する相互関税適用を90日間停止すると発表)。予想を大きく超える相互関税率に筆者もたじろいだ。同時に,買い手(米国輸入業者)と売り手(米国外サプライヤー)が協力して合法的な「関税回避策」が実践されることはないのだろうか,と思い調べたところ,関税コンサルタントによる様々なアイデアが見つかった。それらは大きく3つに分類できる。

 第1に輸入品の通関上の分類を変更することだ。ひとつは金額レベルでの変更だ。米国には行政の負担を軽減するために800ドル未満の輸入品への関税を免除する「デ・ミニミス(ラテン語の『法律は些細なことには関知しない』に由来)」という規則がある。中国のEコマース業者は近年この規則を活用して対米取引を維持してきた。もうひとつの方法がtariff engineering(関税工学)と呼ばれる商品レベルでの変更だ。実例として,ある有名シューズメーカーは運動靴(関税率20%)の底に「ある加工」を施すことで,この運動靴の通関上の分類をスリッパ(関税率6%)とし,関税負担の軽減を図っている。しかしトランプ政権は,前者に対しては中国・香港からの輸入品に対するデ・ミニミスの実質廃止で,後者に対しては各国一律関税で,いずれの関税回避策も無効化した。但し中国・香港以外からのデ・ミニミス利用という関税回避策は今も利用可能だ。

 第2に原産地の変更だ。相互関税はほぼすべての主要国・地域に課されたが,それでも国・地域によって大きな違いがあり,相互関税率の低い国を原産地とすることで関税額を節約することができる。輸入品の原産地を特定するために原産地規則が存在するが,貿易協定では明確にルールが規定されている(特恵原産地規則)のに対し,今回の相互関税も含む貿易協定外での原産地規則(非特恵原産地規則)はあいまいで,実際は米国の税関が独自に判断しているケースが多いという。低関税国の税率適用を受けるには,最終製品が低関税国で「実質的変更」を受け,最終製品が「加工前の物品が有していた用途とは異なる用途を持つ」ようにする必要があるという。米商務省国際貿易局は,実質的変更の事例として,「A国産の砂糖,B国産の小麦粉,C国産の乳製品,D国産のナッツ類がE国に輸送され,E国でクッキーなどに加工される」を挙げている。また組み立てや分解も,対象となる製品の性質や作業の複雑さによっては実質的変更に該当するとする。一方で同局は,様々な国で栽培された生野菜を別の国で混合・冷凍したミックスベジタブルや,再包装,水による希釈,および類似の軽微な加工は,実質的変更に該当しないとしている。また4月2日の米大統領令には「輸入品目のうち米国産割合が20%以上あれば,申告に基づいて課税対象は非米国産割合に限定」する旨も明記されており,現場では様々な工夫と混乱が予想される。

 第3にvaluation strategies(評価戦略)だ。関税評価額(輸入価格)を下げることができれば,関税を減らすことができる。既に米大手小売チェーンが,中国から米国への輸入価格を引き下げるために中国のサプライヤーに値下げ圧力をかけたとの報道がある。また輸入価格に含まれる米国外サプライヤーによる各種サービス費用(マーケティング費用など)を差し引き,差し引いた各種サービス費用は米国の輸入業者が別途サプライヤーに支払うという方法もある。もし米国外サプライヤーと米国輸入業者が同じ国際企業の傘下にあれば,この方法はさらに容易だろう。

 しかし貿易専門家は,いずれの方法も米当局に「目をつけられる」一定のリスクがあるという。

 また企業側もこれらの対策の実践には依然消極的であるという。背景にあるのは,米トランプ政権の予測不可能性だ。多くの企業は一連のトランプ関税がまだ定着するとは考えておらず,よって現時点で大きな,かつ変更不可能な決断を下すことをためらっているようだ。不確実性が景気を下押す典型例である。

 そもそも米国当局には,上記のような関税対策を監視しつつ,頻繁に変わる関税ルールを適用する能力があるのだろうか。米トランプ政権の関税政策が,彼らが掲げる政府効率化と矛盾することは明らかだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3800.html)

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