世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3676
世界経済評論IMPACT No.3676

悪いのはロシア中銀か?

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 研究主幹)

2024.12.30

 12月20日,ロシア銀行(ロシアの中央銀行,以下「ロシア中銀」)は金融政策決定会合で事前予測(21%⇒23%への利上げ)に反し,金利を据え置いた。政財界からの高金利に対する批判やプーチン大統領からのやんわりとした指摘(会合前日の国民対話でプーチン大統領は「それ(金融政策)がバランスのとれたものであり,今日の必要条件を満たすものであることを願っています」と発言)を受けたものと推察される。一部では今回の利上げサイクルは終了という見方も浮上してきた。

 現在のロシアの政策金利水準(21%)を考えると,確かに直感的にはロシア政財界の批判はもっともなように聞こえる。ただ冷静に考えて筆者は高金利政策が正当化される理由が3つほどあると考える。

 第1に高金利(目的はインフレ退治)とインフレ,それぞれの被害者は誰かだ。高金利の被害をこうむるのは直接的には「金を借りる人々」である。乱暴に言えばその多くは(今回の中銀批判の急先鋒である政財界指導者も含む)相対的に裕福な人々である。普通の人々も住宅ローンは借りるが,ロシア政府は今年の夏まで優遇金利による住宅ローンを提供するなど高金利下で一定の対策は実施してきた。利上げによる間接的な被害として失業者も増えるだろうが,その数はインフレの被害者(全ロシア国民)と比べるとたかが知れている(そして足元の失業率は歴史的に低い)。一方,インフレを放置した場合,被害者は全ロシア国民,特にプーチン支持者が多いとされる高齢の年金生活者だ。このように考えた場合,プーチン大統領はどちらの被害者をより手厚くケアすべきだろうか。前者の「相対的な富裕層」は数も限られ,プーチン大統領が一睨みすれば黙るだろう。一方,後者の「全ロシア国民」を敵に回した場合,プーチン大統領とてただでは済まない(インフレなどを理由に世界各国で与党が選挙で負けていることを思い出してほしい)。

 第2に「政財界の反発」は金融政策(利上げ)が効いている証でもある。従来と違って,現在のロシアでは「利上げ⇒ルーブル高⇒ルーブル建て輸入物価低下⇒インフレ鎮静化」という波及経路が働きにくくなっている。ロシアの利上げに即座に反応する「ルーブルを用いた金融取引」が激減しているためと考えられる(実際今回の予想外の金利据え置きを受けても,ルーブルの対ドル・ユーロ為替レートはほぼ動かなかった)。よって利上げによるインフレ鎮静化への波及経路は,「利上げ⇒投資・消費といった実需が減少⇒インフレ鎮静化」にほぼ限られる。まさにロシア政財界はこのインフレ鎮静化に向けた波及経路の真っただ中にいるわけであり,その先にインフレ鎮静化がある。もしロシア政府が重要と考えるプロジェクトがあるなら,そのプロジェクトに対して個別に利子補填すればいいのであって,政策金利そのものに介入する必要はない。

 第3に中銀総裁の手腕の確かさだ。ロシア中銀のナビウリナ総裁は2015年に金融専門誌ユーロマネーにより「今年の中央銀行総裁」に選ばれるほどの人物だ。2022年にロシアがウクライナに侵攻した際,辞任しようとしたナビウリナ総裁をプーチン大統領が引き留めたという逸話は有名だ。このようにプーチン大統領はナビウリナ総裁に全幅の信頼を置いているように見える。余談だが足元のルーブル安についてナビウリナ総裁は「第4四半期の輸出の動向はやや弱まり,輸入は一貫して高水準でした。これは,11月の最新の制裁と相まって,為替レートの動向に影響を及ぼしました。」と述べており,これは筆者の見方(ロシア:ルーブル安の基調要因は輸入増による経常黒字縮小)と概ね一致している。

 何よりも今回の「金利据え置き」の本質は,「誰もプーチン大統領に逆らえない」というロシアの現実だ。そもそもインフレの最大の原因はプーチン大統領が始めた戦争とそれに対する経済制裁である。しかしこの点を指摘できる人間は少なくともロシアの支配階級には存在しない。その結果,「異常事態に異常手段で対抗しようとする」ナビウリナ総裁に批判が向かいやすいのだろう。今回の金利据え置きという決定も「誰もプーチン大統領に逆らえない」というロシアの現実を明らかにし,ロシア中銀の独立性に疑問符をつけた。「大げさだ」と思われるかも知れないが,政府が短期的な政治的利益のために中銀に金融緩和を要求した結果,インフレや通貨安が加速したケースは数多くある。最近ではトルコがそうだ。経済制裁下でも比較的安定した経済運営を誇ってきたプーチン大統領だが,今回の金融政策への介入が「蟻の一穴」になる可能性に留意したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3676.html)

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