世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3594
世界経済評論IMPACT No.3594

ロシアのGDP規模が世界第4位である理由

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 研究主幹)

2024.10.21

 「世界銀行によると,購買力平価での(ロシアの)経済規模は日本を超えて世界4位になった」

 今年6月のロシア・サンクトペテルブルク国際経済フォーラムでプーチン大統領はこう述べた。9月にロシア・ウラジオストックで開催された東方経済フォーラムでも同様の発言を繰り返している。

 一般にエコノミストは国内総生産(以下GDP)関連の国別指標を調べる場合,世界銀行ではなく国際通貨基金(以下IMF)のWorld Economic Outlook(以下WEO)のデータベースを利用することが多いようだ。同データベースが実績だけでなく5年先までの予測も含んでいること,しかも予測が年4回更新(厳密には4・10月は完全更新,7・1月は4・10月見通しのうち直近2年分予測だけを改訂)され世界中のエコノミストの参照値となること,などがIMFデータベースが注目を集める理由と考えられる。そして直近2024年4月のIMF WEOデータベースによれば,ロシアの購買力平価ベース米ドル建て名目GDPは中・米・印・日・独に次いで世界第6位だった。

 従ってプーチン大統領の発言を聞いたとき,私は「何かの間違いでは?」と思った。しかし実際に世界銀行がWeb上で公開しているData Bankの中からWorld Development Indicatorsを選んで調べてみると,果たしてプーチン大統領の言う通り2023年のロシアの購買力平価ベース米ドル建て名目GDPは中・米・印に次いで世界第4位だった。

 IMF・世界銀行とも権威ある国際機関だが,なぜ両機関のデータ間でこのような差異が生じるのか説明したい。最初に購買力平価ベース米ドル建て名目GDPを説明する。普段我々が目にしている市場為替レートをもとにして計算されるのが「市場為替レートベース米ドル建て名目GDP(現地通貨建て名目GDP÷市場為替レート)」だ。この計算に使われる市場為替レートは文字通り為替市場で決まる。一方,「購買力平価ベース米ドル建て名目GDP」は一物一価,つまり同じ質・量の財・サービスであれば先進国Aでも新興国Bでも同じ価格となるような「購買力平価換算率(仮想的な為替レート,説明は後述)」を算定し,それによって現地通貨建て名目GDPを割って算出する(現地通貨建て名目GDP÷購買力平価換算率)。一物一価を前提とするGDPなので,財・サービスの量で測ったGDPとも言える。

 ではなぜ同じロシアの購買力平価ベース米ドル建て名目GDPなのに,IMFと世界銀行でデータに違いが生じたのか。それは現地通貨建て名目GDPを購買力平価ベース米ドル建て名目GDPに変換する際の計算に用いる購買力平価換算率が異なるからだ。この購買力平価換算率はInternational Comparison Program(以下ICP)という世界銀行など国際機関や各国政府が実施する大規模プログラムを通じて作成される(ロシア政府も参加しているが,国際機関によるチェックを経て一定の客観性は担保されていると考える)。世界銀行のData Bankには2005年・2011年・2017年・2021年のICPの結果が公開されている。因みにICP2021年は2017~2023年のデータを作成するなど,各プログラムは複数年のデータを作成している。そして購買力平価ベース米ドル建て名目GDPを計算するにあたって,IMFの2024年4月版WEOはICP2017年の,World BankはICP2021年の購買力平価換算率をそれぞれ使用しているというのが両機関でロシアのGDPランキングが異なる最大の理由だ。ICP2017年とICP2021年の違いをロシアについて述べるなら,ICP2017年から推計された(基準となる米国と比較した相対的な)ロシアのインフレ率(理論値)よりも,ICP2021年の同数値が低かったというのがロシアの購買力平価ベース米ドル建て名目GDPが膨張した要因である。やや難解になってしまったが,ロシアのインフレ率が低いため,ルーブル価値が相対的に安定し,市場為替ベース米ドル建て名目GDPが膨張するのに近いイメージだ。

 IMFに問い合わせたところ,2024年10月版WEOからIMFも世界銀行同様ICP2021年を適用するという。だとすれば,世界中が注目するIMFのデータでもロシアが日本を追い抜き世界第4位となる日が来るのだろうか。注意深く見守りたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3594.html)

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