世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ポリシーミックス EU経済政策の軸足:歴史の教訓
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2025.03.10
現在の欧州連合(EU)の経済政策を最適な組合わせ,ポリシーミックスという観点から見た場合どういう問題点があるのか。景気変動のなかで金融政策と財政政策をどのように展開していくのか。
第1に気がかりになるのは金融と財政が非対称的な政策ツールになっていることである。非対称的というのは,金融政策はフランフルトに拠点を置く欧州中央銀行(ECB)が唯一のEU加盟国すべての中央銀行であるのに対して,財政政策は,EUプロパーの予算がEU29加盟国の人口約5億人,GDP合計18兆億ユーロ(2023年)において2023年のEU予算額約1,687億ユーロは全加盟国のGDP全体の0.9%とまだ小規模だ。そのため,財政政策は加盟各国政府の裁量に大きく委ねられており,財政金融のポリシーミックスは一体,どこまで可能であるのかという疑問が湧いてくる。
ノーベル経済学賞受賞者であるティンバーゲンの定理では,N個の独立した政策目標を同時に達成するためには同じくN個の独立な政策手段が必要であり,目的と政策手段は複合的でなければならない。金融政策ではインフレ率2.0%,財政政策では対GDPの3.0%以内,公的債務比率がその60%を上限という数値目標基準を設定している。その準拠とするのは安定と成長協定のEU条約第105条2項・4項の規則である。政策の当事者は,金融政策は3者,即ちECBとEU29カ国の経済財務相理事会(ECOFIN)に加えて,統一通貨採用国ではさらにユーログループがリスボン協定により法的裏付けを与えられた。通貨金融政策がECBフランクフルト本店により中央集権化されているのに対して,予算編成は加盟各国の裁量に委ねられている。加盟国の税制構造は極めて多様であり,通貨同盟の円滑な機能を保障する財政統合の必要性は随分と前から叫ばれてはいるが,前進はほとんど見られない所以である。
ECBの通貨金融政策と国別財政政策の非対称性は,将来の金融危機のリスクを常に高め,有効な危機管理を妨げる不安定性を抱えていると言わなければならない。財政連合を目指す過程で,その非対称性を克服し,財政統合を確立する必要が以前から指摘されている。法人税,付加価値税,所得税,相続税,税控除・・その加盟国間の調和はほとんど不可能に近く見えてくる。あまつさえ社会保障制度も北のビスマルク方式,自由市場モデルと,大陸保守モデル,南欧地中海モデル方式では無視し得ないほどその相違は大きい。
EU加盟各国の経済政策のツールはほとんど自国の財政政策に依存している。ユーロ通貨同盟の円滑な機能を保障する財政統合の必要性を強く認識するEUは,マクロの金融安定化を目指す財政基盤確立のための各国レベルの取り組みついて「シックスパック」,「ツーパック」などセメスター制のなかで財政監視制度も登場した。それでもフランクルトのECBの金融政策は各国の不揃いな財政政策の実態のなかでティンバーゲンやマンデル・フレミングのモデルが描くような組み合わせは容易ではないことはすぐに想像できる。ユーロ危機やコロナ禍では共同発行債や次世代予算などかなりの前進はあった。ウクライナ援助に加え,米国のトランプ大統領からの「自前の国防費増額を」という要請に対する財政負担は対GDP債務比率をさらに悪化させる不安がある。
第2点はこのポリシーミックスが現代政治の実情と符合したものかどうかという点である。
ポリシーミクスの代表的なIS/LM曲線モデル(注1)はどのようなイデオロギーでとらえることができるのか。フランスの経済学者ジャン・マルク・ダニエルによれば,このモデルは過去40年間,次の4つの経済モデルのテーマを巡って展開されてきた。それはケインズ政策が「ポンプのように乾いた草原に水を浸すように潤していく」ように始まった。1960年代にはフィリップ曲線,その次は新古典派や合理的期形成学派の影響,そしてニューケインズ派とサムエルソン派の妥協と総合,このような議論の経路のなかでIS/LMモデルがサムエルソンによって洗練されて登場してきた。これはケインズと古典派の理論的対立を超えるところにあった。即ち,投資は利子の減少関数であるというケインズ理論と,中央銀行の貨幣流通量の購買力と経済主体の使用量の方程式というあの古典派セーの販路法則,この2つを同時に動員したのである。
第3に為替レートと財政金融政策の関係である。ポリシーミックスは固定相場を暗黙に想定しているが,世界の現実は変動為替レート制にある。しかし,EUは非加盟国とは変動相場制を,ユーロ加盟国間では「自国通貨」ユーロ決済を採用して加盟国間の不均衡格差が反映されていない状態が続いている。国際経済の変動相場制IS/LM理論では政策割り当てで想定されるのは金融政策が有効な選択肢となる。ユーロ域内ではそれを甘受するしかない状態が続いているのである。
以上のようなEUの経済政策が「リベラル」か否かという判断は時代,国,文脈により異なり,その解釈は難しいかもしれない。しかし,中道主義は権力からの自由や解放がリベラルのエッセンスとしながらも,米国では政治の分野で中道左派,欧州では経済分野で中道右派をリベラルと呼ぶなど欧州と米国では異なると樋口陽一東京大学名誉教授も説いている。最後まで「カルタゴの平和」のように永遠にドイツを壊滅させることに反対したケインズのスタンスは,今,ウクライナをロシアとの戦争終結のために生贄にしようしているトランプの強行路線が2重写しに見えてくるではないか。セーの古典派の考えを持ち自由社会主義のマクロン,ケインズ的な英国労働党スターマー,社会市場経済路線のキリスト教民主社会同盟メルツなどが中道主義にあることによって,米国トランプの政策スタンスが中道に属さない保守右派であることは明白になってきた。
[注]
- (1)IS/LMモデル,2つの曲線が交わる点が同時に財市場と貨幣市場を均衡させる,所得と利子率の組み合わせを示す。IS/LMモデルの I(Investment)は投資,S(Savings)は貯蓄,L(Liquidity)が貨幣需要,M(Money Supply)が貨幣供給。
[参考文献]
- Jean-Marc Daniel « La politique économique » Que sais-je ?
- 伊藤宣広『ケインズ』岩波新書
- 樋口陽一『リベラルデモクラシーの現在』岩波新書
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